祇園祭
「京都祇園祭礼」
二代広重
明日が宵々山と佳境に入いる京都祇園祭。 応仁の乱でいったん途絶えましたが、明応9年(1500年)に復興します。その復興の原動力になったのは町衆の力と思っていましたが、少し違っていたようです。13日付けサンケイ新聞での河内将芳奈良大学准教授によると、実際は室町幕府の意向が強く、逃げ腰の町衆と主催する祇園社(現在の八坂神社、当時延暦寺の末寺)が押し切られたようです。その後も三者の微妙な力関係の元で続いたそうです。そのため日程的には不規則で本来旧暦6月のはずが、 12月にずれ込んだりしたこともあったとか。詳しくは「祇園祭と戦国京都」(角川叢書)。
17日の山鉾巡行で先頭を行くのが長刀鉾。 1441年の創建と言われ高さ21.7m。 重量は今年初めて正式計量され7.3t。 長刀鉾の名は、鉾の頂に三条小鍛冶宗近作の大長刀を飾ったことに始まります。現在東京国立博物館にある国宝「三日月宗近」は天下五剣と言われる名刀の一つ。 前懸は18世紀のペルシア華文緞通、等動く美術館。
平成12年、天井幕「彩雲紋刺繍」を新調。続けて平成16年168年ぶりに見送り「雲龍波濤文様」綴錦を構造。
平成19年、252年ぶりに下水引「緋羅紗地五彩雲麒麟図刺繍」の後面を復元。本年は左側面、来年度全面が揃う。
今、各山鉾保存会は公益法人改革法の施行により山鉾そのものの評価を迫られ、新たな局面を迎えています。
祇園祭は八坂神社の神様に、各種芸能を奉納する神事でもありました。
「祇園神輿はらい ねり物姿」。
豊国や長秀一連の作品で芸子達が扮するものは「市井風俗をうつしたもの」「物語や芝居などの登場人物」「舞台上の歌舞伎役者を模したもの」でした。
画像は豊国の「牛若丸に扮する宇治屋(うじや)の芸妓 「君の」と付添いの舞子みつ。
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