地球は丸かった
北斎
1831年冨嶽三十六景出版開始
先日佐川美術館で鑑賞した時に感じました。水平線が丸い。
構図上船の曲線と対比させるためでもありますが、地球が丸い事は認識されていると。
何頃から庶民はそれを認識していたのでしょう。
1522年9月6日マゼラン隊が世界一周航海によって、地球が球形であることを実証 しました。
その300年後、「周髀算経正解図」という本が文化10(1813)年 に出版されています。著者は石井寛道なる国学者です。石井寛道は 、天は球体で地は平面であるという「周髀説」が正しいと結論付けています。
しかし19世紀初頭の日本には、大きく分けて3つの宇宙論が混在して紹介されていたようです。一つはこの古代中国の宇宙論である「周髀説」。もう一つは、仏教的宇宙論である「須弥山説」。最後は西洋伝来の「地動説」です。
例えば「圓球萬國地海全圖 」 享和2年(1802)という地図が残されており正に円球となっています。また寛政5年(1794)年には「新制天地二球用法記」が翻訳されコペルニクス説が初めて紹介されます。
江戸幕府も天文方を設置しますがもっぱら編暦を司ったようです。
天明2(1782)年浅草に天文台が移されますが、その様子を伺えるのが北斎の「富嶽百景 鳥越えの不二」渾天儀や象限儀が設置された建屋の屋根が描かれています。
江戸初期まで「宣明暦」を元にしていましたが、誤差が大きかったようです。
そのため吉宗が西洋天文学を取り入れた暦を作らせたりします。その時活躍したのが麻田 剛立と弟子達。
麻田 剛立は民間人でしたが、宝暦13年9月1日(1763、10、7)の日食を予言 的中させます。しかし計算方法の制度を高めた結果のようで必ずしも地動説などの理解に基づくものではなかったようです。
ケプラーの第3法則にあたる「麻田剛立の法則」も独自の研究成果ではなかったかも知れません。
« 葛飾に秋の訪れ | トップページ | ATENEUM ART MUSEUM »
「今日の浮世絵」カテゴリの記事
- 「絵本庭訓往来」絵師 北斎本人か…新説(2014.05.17)
- 端午の節句(2008.05.03)
- 有卦絵(2008.05.17)
「北斎」カテゴリの記事
- (2014.05.28)
- 北斎肉筆画県指定文化財に(2008.03.11)
- 北斎の鯉亀図公開(2008.04.28)
- 北斎 辞世(2008.05.11)
- 凱風快晴(2008.05.31)
この記事へのコメントは終了しました。



コメント