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2008年11月

サンフランシスコ

The State Museums of Berlin and the Legacy of James Simon
October 18, 2008 — January 18, 2009
Fine Arts Museums of San Francisco

This exhibition honors the cultural legacy of James Simon, perhaps the most important patron Berlin has ever known. Over 100 works, borrowed from nine separate museums, spanning from the 3rd millennium BC to the 18th century AD, grace the special exhibition galleries at the Legion of Honor from October 18, 2008, to January 18, 2009. Highlights include the Egyptian, New Kingdom bust Queen Tiy, a lion relief that once lined the Processional Way in ancient Babylon, Andrea Mantegna’s The Virgin with the Sleeping Child, and a 19th-century woodblock print by the great Ukiyo-e master Utagawa Kuniyoshi titled The Priest Nichiren in the Snow on Sado Island.

http://www.famsf.org/legion/exhibitions/exhibition.asp?exhibitionkey=929

Image_large_929_2 Sc148969fpxobjiip1_2

旧暦霜月

4010529_2 「月百姿 烟中月」       
月岡芳年                                                         

                                                                   

                                                                   

                                                                      

                                                                     

                                                                     
                                                                   
                                                                   

旧暦では今日28日から11月、江戸時代でも顔見世の幕開けです。
歌舞伎役者はこの時期に1年契約、文字通りこれから一年の顔ぶれを披露したそうです。
本来入りの悪くなる11月をこれで盛り上げるという小屋の意図が伺えます。

Sc129708fpxobjiip1_2 この時期忙しくなるのが、紺屋(こうや)、悉皆屋(しっかいや)です。
大店や大名屋敷が大量の印半纏を発注するためです。この印半纏は職人、商人に与えられ今後一年の出入りが叶います。単なる仕事着ではなく、いわばIDカードです。それぞれの印半纏を着た者の所業に与えた者が責任を負ったのだそうです。それ故大変いい質草になったと云います。その切り替えの時期がやはり今時分なのです。
広重の「江戸百 神田紺屋町」、家康から藍の買い付けを許された土屋五郎右衛門が紺屋頭として管理した場所です。昭和35年ごろまでJR神田駅の東にこんな風景が見られたそうです。
富士山は雪景色ですが秋の部に入っています。画中の反物の魚は版元魚屋栄吉を示し、ヒとロの組み合わせは広重自身のお好みの紋。

トップ画像は月岡芳年の「月百姿 烟中月」。
火消しの後姿が凛々しく頼もしい限り。くれぐれも火の用心。

今ケンブリッジ大学のオンラインミュージアムで
Yoshitoshi展とKunisada and Kabuki展が開催されています。
一度ご覧下さい。

http://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/onlineresources/onlineexhibitions.html

商売は難しい

Sc157674fpxobjiip1 冨嶽三十六景 本所立川 
北斎

                             

                             

                             

                                                

山陰松江にある園山書店が今月一杯で閉店されるそうです。
なんと創業は文化8年、197年の歴史を閉じられます。

江戸時代の地本問屋(浮世絵や大衆向けの草双紙を出版していた版元)も苦労したようです。企画の当たりはずれはもとより、当時繰り返し起こった大火も念頭においておかねばなりませんでした。幕府の干渉もあります。

鶴屋の羽をのす初日影に、門松むらのしめかざり、
さっとひらけば 天の岩戸屋
村田の畔(くろ)をゆずりあふ、御代は東も西村も
ともにおさまる いせ治の神風
奥村の瓢箪から、駒がいさめば 花の廓
その大門の まがきの蔦屋

072_4 これは安永十(1781)年に出た「菊寿草」の巻頭を飾った祝い歌です。
大田南畝による黄表紙の評判記です。その当時の主だった版元8軒が織り込まれています。
鶴屋、松村、岩戸屋、村田屋、西村、いせ次、奥村、蔦屋(画像)。
寛政二(1790)年の地本問屋の名簿には20軒の名前が載っています。
その内、文化四(1807)年などの名簿で確認できるのは6軒。
そして弘化四(1847)年にいたっては和泉屋市兵衛一人。
天保の改革が老舗に与えた打撃は大きかったようです。 

以前出版情報で紹介した”UTAMARO REVEALED”に歌麿(1753~1806)の関わった版元印がありました。
解った範囲で書き留めておきます。

Page9 1蔦屋 2鶴屋金助 4鶴屋喜右衛門 せん鶴堂 5金助 6若狭屋よういち じゃくりん堂 7泉屋市兵衛 9泉佐屋(せんさ) 10上村屋洋平 11近江屋健九郎 12村田屋次郎兵衛 村田屋一五郎 (村一) 14岩戸屋喜三郎 15岩戸屋長 17江崎屋吉兵衛 18伊勢孫(いせそん) 20伊勢屋利吉兵衛(金寿堂)池之端仲町
21伊勢金 22伊勢洋 23伊勢屋宗右衛門 25松村屋龍衛門 27西村屋洋八(永寿堂) 28 山口屋忠衛門 29山口屋藤兵衛(金虎堂) 30遠州屋又兵衛 31山城屋藤衛門 32森屋治兵衛 33丸屋甚八(円寿堂) 34丸屋文衛門 35榎本屋吉兵衛
この他加賀屋 、山秀 、山田屋三四郎 、伏見屋善六 などと関わっています。

でトップ画像ですが、前回と同じ西村屋与八と北斎のコンビ。
さりげなく材木置き場の看板に西村屋の宣伝をいれています。
版元のご苦労の一端を見るような。
これボストン美術館の所蔵品なのですが、おかしくないですか。
富士山の後ろにうっすらと山並が見えるのです。富士山よりも高く。
何なんでしょう? 普通はこうなんでしょうに。
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菱川師宣の肉筆画発見 お江戸の四季、鮮やかに

「見返り美人図」などで知られる浮世絵の本格的開祖、江戸前期の画家・菱川師宣(もろのぶ)(?~1694)が描いたとみられる大作の肉筆画「江戸名所風俗図巻」が新たに見つかった。花見や芝居見物といった江戸の四季の風俗を色鮮やかに描いた晩年の作品で、国際浮世絵学会理事長の小林忠・学習院大教授は「記念碑的な傑作」と話している。
 この肉筆画は長野市の個人宅から見つかり、上下巻から成る。タテ約43センチ、全長は上下巻で約25メートルと大型だ。金泥など上質の絵の具を使ったとみられ、色鮮やか。小林教授は、落款や表現の巧みさなどから、上巻は師宣自身の作であり、下巻は弟子による可能性が高い、と判断した。
 上巻には、上野の山で花見を楽しむ人々や中村座歌舞伎小屋の内外などが描かれている。「急成長した江戸の都市文化の豊かさを鮮やかに伝えている」と小林教授。同作は、20日発売の美術誌「國華」(発売・朝日新聞出版)で紹介される。(大西若人)

2008年11月18日 朝日新聞

Tky200811170381

西村屋与八

Sc147355fpxobjiip1 「七十一翁永寿堂日比野」 

(西村屋与八)
初代 豊国

                              

                                

                               

                                       

                                 

前回取り上げた「百人一首 うばがゑとき」は当初西村屋与八「永寿堂」から出版されます。1835年の春に出た、「薊花恋苧車」(あざみのはなこいのおぐるま)の巻末に広告が打たれます。そして「小倉百人一首」成立600年を記念して、5~6月頃に最初の5点が出版されたのではと考えられています。その後版元の印が、読みは同じですが「栄樹堂」に変わって22点が刊行されています。
これは版元の伊勢屋三次郎が引き継いだからのようですが、その間の理由は定かではありません。北斎がほとんどすべての版下絵を完成させて望んだこの企画は、完成することなく終えてしまいします。

トップ画像のバックは初夢のおめでたいものを並べただけのようですが、この富士山は北側からの眺めで西村屋と富士講との関係を表わしているとも言われています。富士山の北側を開いたのは富士講の衆です。
「富嶽三十六景」も西村屋の業績のひとつなのですが、富士講の信者を購買層に予定して売り出したそうです。そして北斎と富士講の繋がりも浮かんできます。

西村屋与八は当時有力な版元の一つで、特に清長と組んで浮世絵の美人画を席巻していました。後には当時23歳で売り出し中の豊国の獲得にも成功します。馬琴によると西村屋と云う人は「版元は作者画工等の名を高くすればその為に引き札するに似たり、かかれば作者まれ画工まれ印行を乞うべきものなり吾は決して求めず」。作品を出したかったら作者の方から頭を下げに来い。こちらから頼むべき筋ではないと考えのようです。
蔦屋がスポンサーとなって歌麿や写楽を世に出したのとは逆の考えのようです。
そんな西村屋が企画の途中で消えていきます。実は与八は鱗形屋というこれまた有力版元の次男で、西村屋へは養子で来ています。その鱗形屋も使用人の不始末をきっかけに没落していきます。
当時版元は営業をするための問屋株と、個々の作品の出版権にあたる板株を持っての商売でたが、決して保護されていたわけではありません。
商売の難しさは昔も今も変わらないようです。

05001083l034 「絵本庭訓往来」 北斎画
右奥が与八

百人一首うばが絵解き

Sc145683fpxobjiip1 百人一首うばがえとき 在原業平

北斎

ちはやぶる 神代もきかず 龍田川            

からくれなゐに 水くゝるとは                               

                                                                                                                                                      

 関西地方にも木枯らしが吹きました。寒くなり紅葉も各地見頃のようです。        北斎は、人の目を驚かすことが好きだったのか、曲芸めいたパフォーマンスも各地でしています。名古屋の大達磨、回向院の布袋が有名です。将軍家宣御前の席画でも、長く継いだ紙に刷毛で藍を引き、かかとに朱肉をつ けた鶏を放って、その足跡を川面に流れる流れる紅葉に見立て、これぞ 龍田川の風景と堂々と言い放ったといいます。         

Hokusaipeoplecrossing 北斎の百人一首うばがえときシリーズ、題名のわりによく解らない絵もありますが、これはストレートですね。川に入っているのが染師ではなく、漁師ではありますが。このシリーズ27点存在しています。そして歌番30番の絵の校合摺りができたあがった所で中断しています。その27点全てを保有しているのは、町田市立国際版画美術館、大英博物館、ボストン美術館、そしてホノルル美術館には30番の校合摺りもあります。。残りの内9首は何も残っていませんが、他の和歌の版下絵は既に描きあげられていました。この版下絵は何度かオークションに出品され持ち主が変わっています。狂斎も一時所持していたようです。その何枚かは所在が解らなくなったりもしており興味深い話が秘められていそうです。 17番業平の下絵はユゲットベレス所有。

前回は猫の話題で今回百人一首となれば、行平ですか。16番の和歌                    

「立ち別れいなばの山の峰に生ふる松とし聴かばいま帰りこむ」              

猫が居なくなった時のおまじないになるそうです。                     手付かずの9首の内の1枚ですので北斎漫画からの画像です。

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ドイツの浮世絵展

Museen Dahlem, Museum für Asiatische Kunst
17 October 2008 - 4 January 2009

Beauty and Eros – Pictures of the "Floating World" from Hokusai, Hiroshige, Utamaro and Others from the Sumisho Collection, Tokyo

Schönheit und Eros - Bilder der "Fließenden Welt" von Hokusai, Hiroshige, Utamaro und anderen aus der Sammlung Sumisho, Tokyo

The Floating World of the various pleasure districts in Japan's metropolises Edo (today's Tokyo), Osaka and Kyoto spawned a unique and highly developed consumer and entertainment culture, which found its most sublime expression in depictions of beautiful women and love-making. For the first time ever outside of Japan, the exhibition will present more than two-dozen scrolls paintings and just as many graphic prints on this topic from the Sumisho Collection in Tokyo.

They range from several early and anonymous pieces and works by Hishikawa Moronobu, who is widely regarded as the pioneer of Floating World painting (Japanese: ukiyo-e) from the 17th century, through to various images of beauties crafted by the hands of such well known masters of the 18th century as Miyagawa Choshun and Kitagawa Utamaro and also go on to include samples of the best known figures of the ukiyo-e in the West, Katsushika Hokusai and Utagawa Hiroshige.

Photo Photo_2

猫は炬燵で丸くなる

C0004780 炬燵の美人図  

豊国                               

                                    

                                        

                                   

                                   

Sc147425fpxobjiip1_3 この19日は旧暦では十月二十二日、十月の二番目の亥の日です。
町屋の炬燵開きの日です。最初の亥の日は武家や茶道の炉開きとなっているそうで、中国の玄猪という風俗に倣ったことが起こりのようです。
コタツといえば付き物なのは昔から猫なのでしょうか。
そんな取り合わせの浮世絵が何枚かあるようです。
因みにネコは浮世絵では、お妾さんを暗示すると聞いたことがあります。
昨年でしたか、動物写真家の岩合光昭さんが「ネコを撮る」という本を出版されてます。

                                炬燵で猫と遊ぶ女 国匡

Sc170859fpxobjiip1_4 一度インタビューを聞いた事があります。巧く撮るコツは早起きする事とか、こう撮って欲しいとい うネコの気持ちを理解するとか話されてました。詳しくは著書でご覧下さい。
よく猫派、犬派などと言われます。皆さんは如何でしょうか。
私は別にどちらでもないと思っていましたが、岩合さんによると犬派です。
飼っている愛猫愛犬を撮って貰う時に細かい注文を付けるのが猫派、ほとんど何も言わないのが          眠り猫  狂斎     犬派だそうです。

「岩合光昭写真展 ふりむけば猫」

~11月24日(月・祝)
アートハウス夢扉(倉吉市新町1丁目)

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寄ってらっしゃい見てらっしゃい

C0030034 曲独楽
鍬形蕙斎

                                      

                                   

                                                                        

昨日沢入(そうり)国際サーカス学校の公演を見ました。
群馬県にあり、サーカス・アーティスト、大道芸パフォーマー、クラウンを目指す人々の訓練の場として運営されているNPO法人です。
一流とは言えませんが、如何にお客さんに楽しんで見てもらえるかを念頭に励んでいるそうです。面白かったです。私は座布団のジャグリングが気に入りました。
この公演は神戸学院大学での公開行事で、公演の前に西田代表とこれを企画した伊藤教授との対談がありました。
義務教育を終えた初心者が一から始める事もあるので、1~2年で基礎をマスターするのは難しいようです。今、第一線で活躍中の大道芸人の中には、年収一千万円の人も出ているそうですから将来は楽しみです。
しかし日本のサーカスの現状は諸外国に比べるといささか寂しいです。
一方”シルク・ドゥ・ソレイユ”の華々しさは目につきますね。
何故そうなったか。日本でのサーカスの持つ暗いイメージの原因や児童福祉法の影響。
フランスでの1968年に始まった社会運動。等興味ある内容でした。
江戸末期前後の日本の曲芸、軽業のレベルは相当高かったそうです。
例えばトップ画像の曲独楽の松井源水です。彼の所属した帝国日本芸人一座一行18名は、1866年(慶応2年)、横浜から船でアメリカ、ヨーロッパへ巡業に出かけました。一行は、足芸・軽業の濱碇定吉一家7人、曲独楽の松井菊治郎一家5人、手品の隅田川浪五郎一家5人、それに後見人の高野廣八の総勢18名。サンフランシスコで旗揚げ公演し、続いてニューヨーク、ロンドン、パリ、オランダで公演し、各地で大好評を博しました。パリやロンドンの新聞にその様子が残されているそうです。
尚、日本人の公式パスポートによる海外渡航第1号は、この時発行された手品師の浪五郎だったそうです。徳川幕府から発行されたパスポートには「書面之者亜國に香具渡世として相越度旨願に因て此證書を与へる間、途中何之国にても無故障通行をし・・・・・・」と、渡航目的が香具(やし)渡世(路上見世物=大道芸)であると記入されていたとか。参考までに浪五郎一家の雇用条件は2年間で一千両。

Sc137753fpxobjiip1 Sc138222fpxobjiip1

このような見世物関係の浮世絵は数百はあったようで、画像の早竹寅吉、浪花亀吉の他、鯨細工の亀屋福松、女太夫花川小鶴、 風流人形 近江お兼など様々な芸と名前が見えます。

今宵は熱燗で

Sc133375fpxobjiip1 「山海愛度図会 おしやくがいたしたい 

長門かに 四十四」

国芳

                                       

                                    

                                    

                                    

                                        

                                                                                                                          An00420729_001_l

朝晩肌寒さを覚える頃になりました。落語の枕にも「酒は燗、肴は気取り(小味なさかな)、酌はたぼ」との云い回しが聞かれるやも知れません。たぼは元々は日本髪の後頭部を差します。この三つが揃えばそりゃ酒も進みますでしょう。長門のカニ、月待ちカニでしょうか。近年お高くなり、口に入りにくくなりました、特に雌。また酒の燗も昔の人はマメですね。部屋内はもとより屋外でもきちんとしたようです。紅葉の落ち葉を集めてとはなかなかの風情を感じます。   今日、焚き火もままならくなり、そうも参りませんが、せっかく造り酒屋の軒先に杉玉が下がるこの時期、今年のできを味見するのも結構かと。新酒と云えばヌーボーの解禁は20日ですか、楽しみですね。

Sc204750fpxobjiip1_2 ワインにヌーボーとヴィンテージがありますように日本酒にも古酒があります。泡盛ほどの年数の物はなかなかない ようですが、結構銘柄は揃っているようです。軽めの物では「南部美人ALL KOJI 2005」や三重の「玄米ワイン シャトウ玄」。もう少しいって栃木の「大吟醸 秘蔵」の熟成10年以上。「龍力 真古酒」は姫路の銘酒。ちょっとひねって「味醂 1986」はリキュール感覚。

楽しい晩酌を。                                  

最後に北斎のデザインした盃の画像を。

An00270369_001_l

北斎1億円

Christie's2008.11.11の主な落札結果 
                                                                     
                                                              
                                
Photo Katsushika Hokusai (1760-1849)
Signed and dated Kanji Bunka ninen kinoto-ushi shigatsu Shaka no umareshi nanayo no hi, Toto kokkei sakusha Tatekawa oite Danshuro, rokujunii o Utei Enba gijutsu, sealed Enba and signed Utei Enba oju oite Danshuro...Hokusai sekiga, sealed Gakyojin
£713,250 ($1,116,950)                                           
                                                         
                                                                   
                                                  
                                        
                   
                                 
                                

D5143680l Katsushika Hokusai (1760-1849)
Kisoji no oku, Amida ga taki [Amida Waterfall on the Kiso Road] from the series Shokoku taki meguri [A Journey to the Waterfalls of all the Provinces], signed Zen Hokusai Iitsu hitsu, published by Nishimuraya Yohachi (Eijudo), red kiwame seal, very good impression and colour, horizontal centrefold
Oban tate-e

  • £18,750
  • ($29,363)                                 
  •  

                                         

                                                                                            

    D5143640l UTAGAWA HIROSHIGE (1797-1858)
    Tsuki no misaki [Moon Cape], from the series Meisho Edo hyakkei [One Hundred Views of Famous Places in Edo], signed Hiroshige ga, published by Uoya Heikichi, fine impression, colour and condition
    Oban tate-e

  • £6,250
  • ($9,788)
  •                                 

     

                                                            

                                                                                                

    D5143684l_2 Utagawa Hiroshige (1797-1858)
    Asakusa, Kinryuzan [Kinryuzan Temple, Asakusa], from the series Meisho Edo hyakkei [One Hundred Views of Famous Places of Edo], signed Hiroshige ga and published by Uoya Eikichi, good impression, the snow rendered in gauffrage, slight fading, slightly stained at edges
    Oban tate-e

  • £5,250
  • ($8,222)
  •                         

                                                                                                                                          

                                                                                                                

    D5143664l Toshusai Sharaku (act. 1794-95)
    The actor Ichikawa Yaozo III as Tanabe Bunzo in the play Hanayame Bunroku Soga performed at the Miyako-za in the fifth month of Kansei 6 (1794), an okubi-e on a dark mica ground, signed Toshusai Sharaku ga, censor's seal kiwame, published by Tsutaya Juzaburo, good impression, slightly faded, mica slightly worn
    Oban tate-e

  • £32,450
  • ($50,817)                                 
  •                                    

                                                 

    D5143629l Suzuki Harunobu (1725?-1770)
    Kakitsubata [Iris] - a lady standing over a child who has fallen asleep during a calligraphy lesson, signed Harunobu ga, very good impression, colour and condition
    Chuban tate-e

  • £8,125
  • ($12,724)
  •                                                     

                                           

                                             

                                              

                                                                            

    D5143632l Suzuki Harunobu (1725?-1770)
    The second state of a design that was originally a calendar print for Meiwa 2 (1765), bears the name Kyosen and sealed Kyosen no in, a design of two ladies in a boat picking lotus flowers, good impression and colour, slight staining; and a design of a woman sweeping icicles from the eves of a house, signed Suzuki Harunobu hitsu, good impression, stained, rubbed and faded, soiled
    Various sizes (2)                        

                                                         

    D5143698l Tsukioka Yoshitoshi (1839-1892)
    Fujiwara no Yasumasa gekka roteki zu [Fujiwara no Yasumasa Playing the Flute by Moonlight

    長崎屋から見る世界

    Sc162675fpxobjiip1 仏羅西把里須府
    歌川芳虎

                               

                                

                                  

    最近は海外旅行も手軽になりました。今でも豪華客船で世界一周はなかなか難しいのでは。
    私にとってその象徴とも云う船がQueen Elizabeth Ⅱです。
    11月11日、QEⅡがサザンプトンを出航します。彼女にとって最後の航海です。
    22日にスエズ運河を越え一路南へ、そして27日にドバイ。
    そこで海上ホテルとしてリスタートするそうです。

    江戸時代は鎖国でしたから海外旅行は思いもしなかったでしょうね。今ではごく当たり前の新婚旅行でさえ、竜馬が先にしろ小松帯刀が先駆者にしろ江戸末期です。
    当時、庶民は外国をどんな風に想像していたのでしょう。
    トップ画像のような情報は何時頃から知られていたのでしょう。
    画中にある仮名垣魯文の「万国噺」は1861年に出版されています。
    芳幾の浮世絵にはオランダ語の単語を並べた物があります。
    日=だふ、月=まぁん、山=べるぐ、海=ぜぇ等。

    An00195784_001_l_2  もちろん外国人と接する機会は滅多になかったでしょうが。
    その数少ない機会がオランダ人の江戸参府です。
    正月明けに長崎出島を出て春に江戸に着きます。
    「阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍」 と芭蕉もその様を詠んでいます。
    その一行の宿舎となったのが長崎屋です。日本橋本石町3丁目にあった薬種問屋です。
    町人が物珍しそうに覗きこむ様子を北斎が描いています。北斎自身カピタンの注文で数十枚の浮世絵を書いているのは、昨年から今年にかけての北斎展で記憶に新しい所です。シーボルト事件に絡んで身を潜めたりもしています。

    フェイルケにより長崎屋の2階の様子も描かれていますが、2f_4 絨毯がひかれておりテーブルにワインなどが見えます。シーボルトの持ち込んだピアノが 弾かれたり、オランダ料理が振 舞われたりもしたようです。また知識人が詰め掛け海外の最新情報を得たりもしました。平賀源内が皆がてこずった知恵の輪を鮮やかに解いたりしています。
    勿論多くの商人ともやり取りしたことでしょう。後の三越の越後屋や京都では青貝師の西川家の名もあります。青貝師は螺鈿を扱う人で重要な輸出品だったようです。
    江戸長崎屋だけではなく京都の海老屋、大坂長崎屋、下関は伊藤家と佐甲家、そして小倉の大坂屋が西洋文化の重要な入り口でした。

    3000万円の広重

    田中貴金属ジュエリーは、「2009年純金ビッグカレンダー」を2008年11月6日に発売した。

    今回、カレンダーの裏面には、2009年の横浜開港150周年を記念して、横浜浮世絵「横浜海岸通り之風景」を印刷しました。歌川広重作のこの浮世絵には、外国人居留地の海岸通りに本格的な西洋館が立ち並び、外国の赴があった当時の街並みの様子や港の波止場と荷揚げ場、運上所などの海岸から見た光景などが描かれています。
    純金ビッグカレンダーは、縦約42cm、横約67cm、重さは約6㎏で、税込価格3,000万円で受注販売いたします。
    ぜひ純金の華やかな輝きと共に、横浜の風景をお楽しみください

    Cmsarti00000216_01

    ヘルシンキ  On a Journey to Edo

    以前ご紹介したAteneum Art Museum

    作品の入れ替えがあるそうです。

    Ateneum Art Museum

    http://www.ateneum.fi/default.asp?docId=11876

    Helsinki Times
    http://www.helsinkitimes.fi/htimes/index.php?option=com_content&view=article&id=3971:hokusai-and-hiroshige-on-a-journey-to-edo&catid=21:culture&Itemid=165

    紅葉前線

    Sc138448fpxobjiip1_4   「江戸名所 

    品川海晏寺紅葉見」
    広重

                                          

                               

                                 

                                       

    20081103hog00m040005000p_size5_2先日北大ポプラ並木が色づき見頃との新聞記事がありました。
    私が数年前訪ねた時は11月末でもう落ちてました。
    見損ねて残念な風景ですね。
    東の人気スポット日光の紅葉はそろそろのようです。
    西のランキング1位嵐山は中旬以降まで待たねばなりません。

    江戸で紅葉と言えば品川海晏寺。
    ♪粋な姿のしどけなく、真一文字に日本橋より真直ぐに、京橋中橋お万が紅、紅白粉も手に付かず、辛気辛苦の新橋に、品川作る水鏡、紅葉見ようなら海晏寺・・・♪      「道中双六」
    最明寺(北条)時頼による建立時より、楓が栽植され蛇腹、千貫、菲梅、猩々などの古木、銘木があったそうです。
    岩倉具視などのお墓がありますが、一般の掃苔はできないようです。

    品川といえば、帰りはお定まりの所に落ち着きます。
    海晏寺真っ赤な嘘のつきどころ

    品川も負けずに近所に海晏寺
    これは吉原と同じく紅葉の名所だったその近くの正燈寺、の組み合わせを意識した川柳です。

    この絵の中に広重がいます。写正でもしているのでしょうか。
    広重と思しき人物が江戸百の中など、所々で見受けられます。
    そうヒッチコックがカメラマンや通行人の役でチラっと映っていたようにです。       例えが古いですね。オリバー・ストーン、三谷幸喜ですか。
    それを探すのも楽しいかも知れません。

    もう一枚広重による秋の風景を。秋の神奈川宿です。

    An00229566_001_l

    この7日は立冬です。ご自愛ください

    世界初の生命復活

    Icema20070607_2  死後16年間凍結保存されていたマウスの細胞からクローンマウスを作ることに、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の若山照彦チームリーダー(発生生物学)らが成功した。長期間の凍結で完全に死滅した個体の細胞から生命を「復活」させた世界初の成果。研究チームはさらに、凍結によって完全に乾燥した細胞でも同種の実験に成功しており、マンモスなどの絶滅動物を復活できる可能性が出てくる。

     動物の体細胞を使ったクローンは、1962年にカエルで最初に報告された。哺乳(ほにゅう)類では96年、英国でクローン羊「ドリー」が誕生。その後ウシ、ブタなどでも成功したが、いずれも生きた動物の体細胞を使ったり、細胞だけを凍結させたものが使われている。

     研究チームはマイナス20度の冷凍庫で16年間凍結保存されていたマウスを使用。そこから、脳細胞を取り出した。細胞は特別な保護剤を使わずに凍らせると、氷の結晶で破壊され、死滅する。チームは死滅した細胞を独自に開発した培養液の中で手作業ですりつぶし、細胞内部からDNAを含む核を取り出すことに成功した。その核を、生きたマウスの卵子から核を取り除いたものに移植して「クローン胚(はい)」を作った。

     このマウスは生きた状態でもクローンが作れない種だったため、チームはこのクローン胚を培養してES細胞(胚性幹細胞)を作成。それを再び核移植して代理母マウスの子宮に入れると、凍結マウスとDNAが一致したクローン4匹が誕生した。

     一方、チームは、最もクローンが作りやすい種のマウスを1週間~3カ月凍結し、クローンを作る実験も試みた。こちらはクローン胚を子宮に入れただけでクローンマウスが誕生した。どのクローンも外見、生殖能力などに異常はなかった。

     シベリアのマンモスなど、数千年~数万年間も凍土の中にあった死骸(しがい)は凍結乾燥(フリーズドライ)の状態にあるが、チームはマウスの凍結乾燥細胞からのクローンES細胞作成にも成功している。若山さんは「多くの壁はあるが、今回の新しいクローン技術は絶滅動物復活の可能性を高める。それは進化学、生物学への大きな貢献になる」と話している。

     4日、米科学アカデミー紀要電子版で発表する。【奥野敦史】

    源氏物語

    サンケイ新聞  2008年10月3日

    源氏物語千年紀の今年、最大200巻に及ぶ可能性がある江戸時代初期の「幻の源氏物語絵巻」が注目を集めている。絵巻の一部が相次いで見つかり、源氏絵研究に急展開をもたらしているのだ。ひとつのきっかけとなったのが昨年、フランスで出版された仏語全訳つき豪華本『Genji』。源氏絵研究の台風の目となっている。

     本は美術本で知られるパリのセリエ社が、7年がかりで集めた世界の源氏絵の中から520点を収録。全3巻480ユーロ(約6万円)の大著ながら、初版3500部を完売。この秋には普及版6000部を出し、これも完売しそうな人気だ。

     企画したディアンヌ・ドゥ・セリエ社長は「フランス人が源氏物語の魅力に目覚めた」と話すが、新しい魅力を発見したのはフランス人だけではない。「日本人にとっても衝撃の書。過去にこれだけの量をカバーしたものはないうえ、初めて知る優品もある」と立教大学文学部教授の小嶋菜温子さんは評価する。

     中でも注目されるのが「幻の源氏物語絵巻」としてクローズアップされている江戸時代初期の源氏絵が多数収録されている点だ。小嶋さんらがセリエ本発売の直前に発見した米バーク財団蔵のもののほか、ベルギーの個人蔵の新資料も紹介した。

     実はこの絵巻、日本では長く、大津市・石山寺蔵の「末摘花」の1巻(重要文化財)だけが知られてきたが、今年、徳川美術館(名古屋市)が同じ絵巻の「桐壺」3巻(国内、個人蔵)を発見。これまでに巻物13巻と巻物をばらして絵だけを残した断簡6枚が国内外で確認され「推定40巻、最大規模200巻となれば国宝源氏物語絵巻にも迫る存在」(小嶋さん)という。

    相次いで発見された断簡は1980年代、パリの画商が「賢木(さかき)」6巻を31枚にばらしたものを売り出したことがわかっており、セリエ本の出版を機に、さらに2枚が最近発見された。

     台風の目は今まさにパリ。『Genji』監修者で、いまや幻の絵巻研究の最先端を走る仏国立東洋言語文化大学准教授、レジェリー・ボエール・エステルさんは「この絵巻は場面設定が大胆で特徴的。公家文化の変遷を知る材料にもなり、千年読み継がれてきた源氏物語の重みを感じる」。

     パリで教えられる源氏物語の魅力は格別だ。(編集委員・石野伸子)

    源氏物語:「梅枝巻」最古の写本 鎌倉中期、従来にない表現も

    毎日新聞 2008年10月30日 大阪朝刊

    甲南女子大(神戸市)は29日、所蔵する源氏物語54帖(じょう)の一つ「梅枝巻(うめがえのまき)」の「別本」系統の写本が、鎌倉時代中期のものと確認されたと発表した。梅枝巻としては、東京国立博物館所蔵の写本と同時期で、現存するものでは最古。他の写本にはない表現があり、紫式部が書いた原文を知る手がかりになる可能性もあるという。

     1973年に古書店から購入したもので、縦15・4センチ、横15・6センチ。「斐紙(ひし)」と呼ばれる紙に書かれ、文字を記した「墨付」は65ページあった。米田明美教授(日本文学)が、「源氏物語千年紀」を記念した書展を開くため、書庫で保管されていた梅枝巻を確認。田中登・関西大教授(同)に鑑定を依頼し、書体や紙質などから、鎌倉中期の1240~80年ごろの写本と確認した。

     梅枝巻には、娘の「明石の姫君」の結婚に際し、光源氏が嫁入り道具を準備する場面などが描かれている。

     今回の写本では、光源氏が妻の「紫の上」の書の上手さを褒める場面で、従来の写本にはない「いたうなすかし給そ(ご冗談おっしゃいますな)」と、紫の上が照れながら光源氏に話す表現があった。

     また、これまでの写本で「かむなはしとけなきもしこそまじるめれ(上手な漢字の中に大きさが不均一な仮名が交ざった方がいい)」との記述の「まじるめれ」の部分は、「まさるめれ」と記されていた。従来は光源氏が書の一般論として話していたとされるが、今回の写本では、紫の上の書を褒める内容に解釈できるという。

     一方、本文の前ページには、楕円(だえん)形で縦3センチ、横1・9センチの「勝安芳(やすよし)」と記された蔵書印が押されていた。米田教授によると、明治維新の立役者・勝海舟が維新後に名乗った名前と同一という。

     写本は11月4~7日と10日、甲南女子大の大学図書館で一般公開される。

    新しい源氏見える--伊井春樹・国文学研究資料館館長の話

     古ければ古いほど紫式部の原文に近いとは単純には言えないが、「青表紙本」により固定化された世界観とは違う新しい源氏物語が見えてくる。

    ==============

    あまりそをれてくせそゝいため

    るさはありとかの君とせんさい院

    とこゝにこそかき給はめとゆるし

    きこゑ給へはいたうなすかし給そ

    このかすにはまはゆやときこえ

    給へはにこやかなるなつかしさは

    事ならんものをまんなのすゝ

    みたる程にかむなはしとけな

    きもしこそまさるめれとて

    8  5 10 6_3 9

    返せ~返せ~

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    江戸風俗東錦絵
    「清盛日を呼び戻す図」
    国芳

    Sc177231fpxobjiip1 秋も深まり日の暮れるのが早くなりました。釣瓶落としの例え通りです。
    下世話には春の夕日はケチの例え(暮れそうで呉れない)。
    逆に秋の夕日は気前の良い人になるのでしょうか。
    気前がよかったかどうかは知りませんが、権勢を誇り何と夕日を止めた男がいます。
    平清盛です。日宋貿易の重要な拠点であった音戸の瀬戸の掘削工事に着手。
    難工事を極めましたが、永久元(1113)年7月16日の引き潮を利して完成という時を迎えます。
    しかし思うように事が運ばず、あと一息という所で  日が暮れ掛かります。                  「平相国清盛」 三代豊国

    いらだった清盛すくっと立ち上がるや日迎山の岩頭に立ち、今や西に沈まんとする真赤な太陽に向い、右手に金扇をかざし、日輪をさし招き「返せ、戻せ」。
                                 

    平氏の氏神といえば厳島神社。
    今日11月3日最終日を迎える姫路市立美術館の川瀬巴水展、「星月夜(宮島)」
    が展示されています。
    川瀬巴水は他にも月夜や雪の宮島を描いているようです。
    伝わってくくる静寂さ、水面に映る鳥居にシルエットの微妙さが何とも言えません。
    思わずハガキを買って帰りました。
    Sc205760fpxobjiip1_2

    霞が関から文化力プロジェクト

    上映会: オリジナルハイビジョン映像全編上映
    『江戸Tokyo散歩~広重「名所江戸百景」と東京の今~』

    講演会: 「広重が描いた江戸と虎ノ門界隈の今に残る史跡」
    浮世絵・史跡に関する講演・フィールドワーク

    http://www.bunka.go.jp/bunkaryoku_project/kasumigaseki/pdf/chirashi_081104.pdf

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