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2009年3月

さよなら「はやぶさ」

Sc149988fpxobjiip1 東海道五十三次之内 神奈川 台之景
広重

                         

                         

                         

 ブルトレの「富士」「はやぶさ」が姿を消しました。
JR唯一の昼行急行列車のぼったくり「津山」等も歴史を閉じました。
振り返ってわが国最初の鉄道はご存知新橋ー横浜間でした。

広重の東海道五十三次の神奈川。この初版は1833年頃のようですが、この数ヵ月後に埋め立て工事が始まり、袖ヶ浦の景勝もその有様を変えてしまいます。初摺りの中でも野毛山の下に姥島と言われた白い岩が描かれたものがあります。かなり珍しいそうでトップ画像はボストン美術館の所蔵品で初摺りですがありません。
海上に小舟が浮かんでいますがその列の先です。
そしてこの舟が並んだ辺りを鉄道が走る事になります。横浜駅は当初海上にあったそうです。
目を高台に移しますと茶屋が並んでいます。今の横浜駅西口から登った辺りです。
下の方から「芳屋」「たるや」「玉川」「さくらや」と続いています。
その「さくら」が唯一現在も営業を続けています。老舗料亭田中屋です。
そこで幕末に仲居として働いていたのがおりょうさん。
坂本龍馬達はここを根城に横浜での情報収集を行なっていたそうです。

M31870 五葉舎万寿老人製図 新鐫横浜全図 明治 3年 1870年
右下でカーブしているのが鉄道
左上 ミシシッピー湾は磯子の海。ペリー艦隊の名付けた物の中ではかなり後までつかわれたそうです。

「役者評判記の世界展 付流光斎如圭役者絵」図録案内

近松研究所開設20周年を記念して 平成21年 1月 6日から 2月15日まで
尼信博物館で開催いたしました「役者評判記の世界展 付流光斎如圭役者絵」の図録が出来いたしました。
 この図録には、展示品の写真ならびに解説だけでなく、役者評判記に関する論文 6編、略年表、参考文献も収載されております。
  頒価  1,500円(送料・送付手数料込み)
 購入希望の方は、近松研究所にメールか電話、FAXででお申し込みください。近松研究所でもお買い求めになれます。

TEL 06-6429-9928
FAX 06-6429-9922
E-mail chikamatsu@sonoda-u.ac.jp

http://www.sonoda-u.ac.jp/chikamatsu/index.html

春しなん

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今日水曜日に桜の開花予想第2弾が発表されました。
先週の発表より1日ほど早くなったようです。
我々凡人は桜と聞くとつい花見と浮かれますが、もちろんそうではない人もいらっしゃいます。

西行法師が没したのは文治6年2月16日、1190年3月23日。
今年は明日3月12日です。
西行は晩年に次のような歌を詠んでいます。まさにその望みのように釈尊涅槃の日に入寂したといわれています。ここでの花は桜です。

ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ (山家集)

ねかはくは はなのもとにて 春しなん そのきさらきの 望月の比 
(続古今和歌集)

Up1398 そして思い出されるのが能の「西行桜」。
ウィキペディアを引用させていただきますと

京都、西行の庵室。春になると、美しい桜が咲き、多くの人々が花見に訪れる。しかし、今年、西行は思うところがあって、花見を禁止した。 一人で桜を愛でていると、例年通り多くの人々がやってきた。桜を愛でていた西行は、遥々やってきた人を追い返す訳にもいかず、招き入れた。西行は、「美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところだ」という歌を詠み、夜すがら桜を眺めようと、木陰に休らう。

その夢に老桜の精が現れ、「桜の咎とはなんだ」と聞く。「桜はただ咲くだけのもので、咎などあるわけがない。」と言い、「煩わしいと思うのも人の心だ」と西行を諭す。老桜の精は、桜の名所を西行に教え、舞を舞う。そうこうしているうちに、西行の夢が覚め、老桜の精もきえ、ただ老木の桜がひっそりと息づいているのだった。

トップ画像は遠くを見つめる西行。北斎の扇面画です。

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