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歌川豊春
”NIGHT&DAY”といえばコール・ポーターの作った名曲。
自信の伝記映画の題名にもなっています。
なかなか情熱的な歌詞で綴られていますね。
浮世絵にも昼と夜を1枚で表わした作品が有ります。
これは1枚を昼夜に分けた12枚続きのシリーズです。
昼は潮干狩り夜は雛祭りの準備をしてます。
今年は暖かですがさすがに潮干狩りにはまだ早いようです。
因みに旧暦の3月3日、今年は4月16日です。
今秋公開の映画に ”KNIGHT&DAY”があります。
予告を見るとラブだけでなくサスペンスも有りそうですね。
一文字Kが付くとストーリーも変わるようです。
主演Tom Cruise, Cameron Diazの昨年12月のスペインでのひとコマ。
Le Blute-Fin Mill, by Vincent van Gogh
Director of the Museum de Fundatie, Ralph Keuning (R) attends the presentation of the painting 'Le Blute-Fin' (1886) (background) by Dutch painter Vincent Van Gogh in Zwolle, The Netherlands, 24 February 2010. The painting was discovered earlier this week. After an investigation at the Van Gogh Museum in Amsterdam, the Dutch artist has been identified as the painter of 'Le Blute-Fin'.
瀟湘八景は中国で伝統的に画題になってきた8つの名所。湖南省で、南の瀟水が湘江に合流して、また他の川も流れて洞庭湖を作る、湖南省の景色。瀟湘夜雨、平沙落雁、烟寺晩鐘、山市晴嵐、江天暮雪、漁村夕照、洞庭秋月、遠浦帰帆の八景です。
浮世絵でもそれに倣って各絵師が様々に取り上げています。
磯田湖龍斎、鈴木春信、鳥居清長、勝川春章、歌川広重、そしてもちろん北斎も。
場面も瀟湘八景をもじった物や近江八景、長唄八景などバラエテイーに富んでいます。
春信の坐鋪八景は 行灯の夕照、ぬり桶の暮雪、鏡台の秋月、あふきの晴嵐、台子の夜雨、琴路の落雁、とけひの晩鐘
拭かけ帰帆と瀟湘八景をなぞってています。工夫も凝らしています。
例えば「琴路の落雁」、題名の琴路にかけて雁を琴柱で表現しています。
「台子の夜雨」はどうでしょう。髪を結うのと夜雨はどう繋がるのでしょう?
ピンとくるのが髪結新三。しかしこの頃には河竹黙阿弥はまだ生まれていませんので落語から題材を採ったのでしょうか。
春信の浮世絵を下地にしたのも見受けられます。清長の「風流座敷八景 手拭掛帰帆」。
春信の作品の裏焼きのようです。
逆に「行灯の夕照」は磯田湖龍斎の「行灯」の方が2~3年早いようです。
晩鐘は春信等は「とけひの晩鐘」ですが北斎は風鈴を選んでいます。
2009年度ベスト・サイエンス・イメージ
写真部門第1位:「地球を救うために緑の自然に帰ろう(Save the Earth, Let's Go Green)」
白いプラスチックの繊維が力を合わせて地球に似た緑色の球体をいとおしむように支えている。この作品には、地球の未来がすべての人間の手に委ねられているというメッセージが込められている。
ハーバード大学のカン・ソンフン氏は、沸点に達した液体に人間の毛髪のわずか500分の1の細さのプラスチック繊維を浸したところ、繊維は自ら進んで協力するかのように緑色の小さな球を支えた。カン氏は、「この写真で、自然を大切にして地球を守るために世界中の人々が協調して取り組む様子を表現しようと考えた」と語った。
この写真は、2009年度国際科学・工学画像化チャレンジ(International Science and Engineering Visualization Challenge 2009)の写真部門で見事1位に輝いた。このコンテストは全米科学財団(NSF)と「Science」誌の共催で毎年開かれるもので、複雑な科学的概念を卓越した芸術性で視覚化した作品を表彰している
ナショナル ジオグラフィック
国際交流基金が文化芸術交流の一環として開催して来た写楽再見展もいよいよ最終を迎えました。
http://www.jpf.go.jp/j/culture/exhibit/oversea/traveling/pdf/Sharaku_Interpreted.pdf
Tennessee State Museum
2010.2.18~4.11
手前からツタンカーメンの母、祖母、父のミイラ
最新のDNA調査の結果、ツタンカーメンはマラリアと骨障害に苦しむ虚弱体質のファラオだったことがわかった。さらに近親姦でできた子供だったこともわかり、それが虚弱体質の一因だった可能性も浮上している。
今回の研究ではツタンカーメンのミイラと、王族のミイラ10体の調査が行われた。この10体は長年にわたってツタンカーメンの近親者と考えられてきたが、その中で人物が特定されていたのは3体にすぎなかった。今回、ミイラの骨から採取したDNAサンプルを使って、ツタンカーメンの5世代に渡る系図を作成することに成功した。
研究チームは、ツタンカーメンの父親と祖父を特定するため、父親から息子にだけ受け継がれるY染色体の遺伝子配列の共通項を探した。また、ミイラの親子関係を割り出すために、ミイラの遺伝子が特定の男女のDNAが結びついた結果であることを示す証拠を探した。
この結果、これまでKV55と呼ばれていたミイラが“異端の王”アクエンアテンであり、ツタンカーメンの父親であることが確認された。アクエンアテンは、多神教だった古代エジプトの宗教を廃止して一神教の信仰を始めたことで知られている。
また、KV35と呼ばれていたミイラは、ツタンカーメンの祖父アメンホテップ3世であることが判明した。アメンホテップ3世の統治は未曾有の繁栄を遂げた時代であった。
DNA調査の最終的な結果はまだ出ていないが、ツタンカーメンの死にあたって墓所に一緒に葬られていた死産の胎児2体は第一王妃のアンケセナーメンとの間にもうけられた娘たちではないかと思われる。このアンケセナーメンのミイラもようやく特定される模様である。
また、これまでは「Old Lady(老婦人)」と呼ばれていたミイラはツタンカーメンの祖母にあたるアメンホテップ3世の王妃ティイで、「Younger Lady(若い方の女)」と呼ばれていたミイラがツタンカーメンの母親だと判明した。 こうしてツタンカーメンの母親のミイラがついに特定されたものの、これが誰なのかは依然として謎だ。DNA調査によれば彼女はアメンホテップ3世とティイの娘で、夫アクエンアテンとは同父母の“きょうだい”にあたる。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のエジプト考古学者ウィルケ・ウェンドリッヒ(Willeke Wendrich)氏によると、アクエンアテンとの間にツタンカーメンをもうけた“姉か妹”は、正妃以外の妻か側室だったと思われるという。このようなことは当時そう稀なことではなかったと考えられている。
「エジプトのファラオには複数の妻がいた。複数の息子を持つことも多く、父親の死後にはこの息子たちが王位をめぐって争うことになった」とウェンドリヒ氏は語る。また、近親姦で子供を作ることも当時のエジプト王家では珍しくなかったという。
また、今回のツタンカーメンのミイラの調査で、左足の変形が骨組織の壊死によるものであることが初めて突き止められた。「体内に死にかかっている組織を抱えているのだから、壊死はどんな場合でも恐ろしい。命の危険はなかっただろうが、その痛みは相当なものだったろう。墓から杖が多数発見されたことからも、ツタンカーメン王は歩くのに杖が必要だったと考えられる」と、研究の共著者であるカルステン・プーシュ氏はナショナル ジオグラフィック ニュースの取材で語った。
しかし、マラリアによる命の危険からは逃れられなかっただろう。蚊によって媒介されマラリアを引き起こすマラリア原虫のDNAがツタンカーメンの体内から見つかった。今回発見されたマラリア原虫の種類は複数で、ツタンカーメンは死ぬまでに何度もマラリアに感染したことが明らかになった。それらの種はマラリアのなかで最も悪性で致命的な熱帯熱マラリアを引き起こすものだった。
今回の研究から、マラリアによってツタンカーメン王の免疫システムが弱まり、骨折した足の回復が遅れた可能性が示された。マラリアと2005年に発見された左大腿骨の骨折がこの若い王の命を奪ったのだ。
ツタンカーメン王の死因としては、これまで狩猟中の事故、血液感染、頭部を殴られた、毒殺などが挙げられてきたが、「これでツタンカーメンが暗殺されたとするまったく根拠のない説が一掃される」とウェンドリッヒ氏は話している。
さらにツタンカーメンの父は“奇形のエジプト王”ではなかったこともわかった。豊かな腰と腹部、女性化乳房の特徴である胸部の隆起などアクエンアテンの像に見られる女性的な特徴は、遺伝性疾患のためであったとする説もこの研究で覆された。
医療用スキャナーを使いアクエンアテンの遺体を分析したが、そういう異常は見つからなかった。ハワス氏が率いる研究チームは、在位中に作られたアクエンアテン像に女性的な特徴があるのは宗教上の理由や政治的理由によるものと結論づけた。
アクエンアテンの外観が遺伝性疾患によるものでなかったことが判明したが、今回のDNA調査には参加していないエール大学のエジプト学者ジョン・ダーネル氏は、これが「この研究の最も重要な成果」だとしている。
ダーネル氏はアクエンアテン像の両性具有的な外見は、自らを男性でもなく女性でもないエジプトの創造神アテンになぞらえようとしたためであるという説を主張している。「アクエンアテンは天地が創造された時の存在なので、一風変わった風貌として表現されたのではないか。これからは、アクエンアテンは奇形のエジプト王ではなく思想家だったととらえられるべきだ」とダーネル氏は語っている。
ツタンカーメンの王族のミイラから採取したDNAは非常によい状態だったことに誰もが驚いた。「これより何世紀も後のエジプトの一般人のミイラのDNAに比べて、ずっと状態がよい。今回発見された「老婦人」のDNAは古代の標本から採取したどのDNAよりも美しかった」とプーシュ氏は語っている。
古代エジプト人が王族のミイラを腐敗から守るために用いた遺体防腐処理の方法が予期せず肉体と同様DNAも保護したのだろう。「王族の遺体防腐処理に用いた成分は、質量ともに、古代の一般人に用いたものとはまったく異なっていた。神官はもちろんDNAを保存しようとは思ったわけではないだろうが、その防腐処理の方法が私たちには幸いした」とプーシュ氏は語っている。
ナショナルグラフィック 2010.2.17
花扇
歌麿
版元近江屋
~5月2日
Art Gallery of New South Wales
ベルリンのアジアミュージアムの所蔵品80点が展示されているようです
http://www.artgallery.nsw.gov.au/
タイトルはCharles Baudelaire の"Hymne à la Beauté "からの連想とか。
Friday, March 12 — Sunday, June 13
http://www.japansociety.org/event_detail?eid=31ec3399
When Picasso met Japanはいよいよ閉幕です。http://www.bcn.cat/museupicasso/en/exhibitions/current.html
北斎の喜能会之故真通をモチーフにしたピカソの'Dona i Pop'(1903)
Raphael and La Fornarina’ (1968)は磯田湖龍斎の影響
http://www.ft.com/cms/s/2/3e6adb38-f4cd-11de-9cba-00144feab49a.html
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