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2010年3月

花見

Sc174849fpxobjiip1_2向島行楽図
歌川豊広

                               

                               

火星に運河が有ると唱えたパーシヴァル・ローウェル、来日して日本アルプスの写真を残したりしています。
また花見の様子を『極東の魂』に記録しています。

「日本人は場所を賞でるだけでなく、また時を賞(め)でる。
ある場所は日の出の時に見る。
またある場所は月夜に見る。
あるところは春に訪れ、また別のところを秋に訪れる」

同じ頃来日していたのがエリザ・シドモア。「シドモア日本紀行—人力車ツアー」が有名ですが、その中では上野の櫻を豪華絢爛と述べ、日曜日の上中流階層のものとして褒めています。一方向島は下層階級の櫻として寧ろ天下御免のどんちゃん騒ぎを記しています。豊広の絵をみると一概にそうとは思えないのですが。
またシドモアは向島の桜を嫌っているのではなく、むしろ感嘆し、惚れ込んだという話があります。
そしてポトマック河畔に桜を植えた中心人物です。
http://aranishi.hobby-web.net/3web_ara/sakura.htm#chapter1

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そして明治期に来日木版技術を学んだ画家がヘレン・ハイド。
フランスでジャポニズムの影響を受け、通算十数年滞在フェノロサと交流が有りバーナード・リーチからはエッチングの指導も受けたそうです。
                                                
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Blossom Time in Tokyo, 1914    An April Evening, 1910

200億円のダヴィンチ公開

Satellite

Photo ダヴィンチの指紋が決めてとなりダヴィンチ作と認定された作品がスウエーデンで公開されています。評価額は2億ドルとも言われています。
この絵の他ミケランジェロ、ラファエロなどを含め50点あまりが展示されています。

And There Was Light
http://www.and-there-was-light.com/index.cfm?pg=37
画像の人物はFrancesco Buranelli、ルネッサンスの権威です。

浮世絵の値段は6 北斎と歌麿の枕絵

クリステイーズ 2010.3.24
今回北斎と歌麿の代表的枕絵に狂斎の地獄太夫等優品が揃っています。

D5294719l 「地獄太夫」
河鍋狂斎
482500ドル

1981年11月太田記念美術館での
生誕150年展等で展示されました 

落札者はアメリカ東海岸の著名美術館との事です                           

                                                 

D5294713l_2  「浪千鳥」
北斎
122500ドル

かって高橋コレクションに有った逸品

D5294712l 「歌まくら」
歌麿
338500ドル
完本12枚揃い

老人に襲われた女性と
お茶屋の2階の恋人

もう1件別のオークションに出品されていましたがそちらは落札額未公開

この他で目だった物が明治の2点。
「京都並河」作の七宝の香炉と小箱。
それぞれ予想額の香炉は10倍以上、小箱も15倍近くでの落札。
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尾張町  賑わう呉服屋街

Bunko10_06556_0002_p0045

日本百貨店協会が19日2月の全国百貨店売上高を発表しました。
前年同月比5・4%減の4364億円で、24カ月連続で前年実績を割り込み。
しかし下げ幅が一桁になり改善の兆しも見えるような。
とはいえ全国で閉店が相次いでいます。つい先日も伊勢丹吉祥寺店が閉店しました。
今年中に松坂屋名古屋駅店、阪急河原町店、西武有楽町店と旗艦店が相次ぎます。
繁華街の顔だけに住人ではなくとも気になるニュースです。

江戸時代においてもやはり大店が集まる所はと賑やかだったようです。
越後屋、白木屋があった日本橋と並び賑わったのが尾張町。
こちらは3軒の呉服屋が軒を並べました。
左からえびす屋、角が亀屋、その反対の角が布袋屋です。
本来呉服屋は絹織物を商いましたが、これらの店は太物と云われた木綿も扱ったようです。
歌川豊広の浮世絵からその様子が伺えます。
えびす屋は後松坂屋に発展解消、亀屋は食料品店になったようです。
布袋屋は大正時代新宿に出ますが後破綻、その周りをL字形に囲んでいた伊勢丹が取り込みます。

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明治に新聞社に変わり洋風建築に建て替えられた浮世絵もあります。
ただ店の並びが何故か違っています。

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本屋さん

書籍の不振が言われるようになって久しい。
金額的な減少はそうでもないが、発行点数を増やしてなんとか売上高を維持しているのが現状らしい。
最近は電子書籍の伸びが凄いらしい。紙の本はますます肩身が狭くなるのでしょうか。
身近に有った町の本屋さんもどんどん消えている。
そんな中大日本印刷が活発に動いている。
丸善やジュンク堂を支配化に置き、ブックオフにも出資している。
もう一方の凸版印刷はどう動くでしょうか。
一つ動きがありました。
「ほんじょび」をスタートさせました。
まだプレオープンですが、モーター誌専門の本屋さんを紹介しています。
4月1日の本格オープンが楽しみです。

http://hon-aru.jp/pc/

浮世絵の値段 5-1

クリステイーズ 2010.3.17

D5180472l 歌麿
絵本小町引き
完本

242500ドル

D5180471l_2 歌麿
女職蚕手業草シリーズ
12枚完全セット

35000ドル

                                

D5180436l_2 菱川師宣
見返り美人図
74500ドル

Lot Notes

This painting belongs to a tradition of single-figure painting, which started in the 1660s and continued throughout the history of ukiyo-e. Hishikawa Moronobu was a prolific artist, but his paintings are rare. This barefoot beauty wears a magnificent long-sleeved, green outer robe with a design of cherry blossoms. She lifts her robe with her right hand and touches her collar with her left--a coquettish posture intended to attract a male gaze. Her undergarment was painted with silver pigment, now tarnished to black.

Moronobu's Edocentric style, choice of subjects and array of techniques and formats influenced all later artists of ukiyo-e. Building on his success as a book illustrator, as most ukiyo-e artists began their careers, he established himself as a painter and opened his own studio close to the theater district and the publishers of his books and sheet prints in downtown Edo. Moronobu's books, prints and paintings catered to all groups, but his luxurious paintings went to affluent cognoscenti--most samurai--of the pleasure quarter of around 1690.

D5180435l_2 石川豊信
傾城
62500ドル

Lot Notes
The Chinese ballad inscribed on this painting is by Li Yannian (c. 140-87 BCE), a Han-dynasty court musician and the brother of the beautiful Lady Li, an entertainer. He sang her praises before the Emperor Wu. The short verse, written in irregular, five-syllable meter, is a transitional form between a song or ballad (yuefu) and poetry (shi). Burton Watson translates the poem in his Courtier and Commoner in Ancient China: Selections from the History of the Former Han [by Pan Gu] (New York: Columbia University Press, 1974), p. 247:
Beautiful lady in a northern land,
standing alone, none in the world like her,
a single glance and she upsets a city,
a second glance, she upsets the state!
Not that I don't know she upsets states and cities,
but one so lovely you'll never find again!
This led to the emperor meeting the sister and taking her as one of his favorite concubines.
In Edo-period popular culture, keisei (upsets a city, or castle-toppler) and keikoku (upsets the state), were synonyms for courtesan.
                                                                 
Photo
松野親信
立姿美人図
50000ドル

江戸時代中期の浮世絵師。
正徳(しょうとく)-享保(きょうほう)(1711‐36)ごろの人。懐月堂安度(あんど)の画系とみられ、肉筆美人画をかいた。号は伯照軒。コトバンクより

写楽のそっくりさん

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昨年でしたか「四大浮世絵師展」が全国を巡回しました。
国際浮世絵学会理事中右瑛氏のコレクションから選りすぐりの作品が出品されていました。
四大絵師、北斎、広重、歌麿、写楽の4人が取り上げられていました。
写楽の一角には「写楽のそっくりさん」と題して、かって写楽の正体として名前が挙げられた絵師が並んでいました。
その中の一人が流光斎如圭、上方浮世絵の中心的絵師で写楽に影響を与えたとされています。
彼の作品で展示されていたのが「芳澤巴紅の桜丸女房八重」です。
寛政6年4月の「菅原伝授手習鑑」の中の芝居です。
(因みに写楽の第1作は寛政6年5月の都座の外題です。)
細版ですからサイズは33×15cm程でしょうか。

アメリカに気になる作品が有ります。
”The Osaka Actor Yoshizawa Tomoe in the role of Yae, wife of Sakura Maru”
流光斎のearly 1790sの作となっています。
大きさ29、53×14、29cm。
しかし落款が写楽になっています。蔦屋の印もあります。
如何でしょうか。
この絵の関係はどうなっているんでしょうか。
ご存知の方ご教示お願いいたします。

写楽の印籠

Photo

昨年はギリシャで発見された扇が初めて展示され話題になりました。
もちろん数は少ないようですが版画以外の作品も残っているようですね。
この印籠はどうでしょうか。
似せては描いているようですが。
元の作品と思われる版画を。
八代森田勘弥の駕籠舁鶯の次郎作(緒締め)
四代松本幸四郎の孫右衛門と中山富三郎の梅川(本体)
前作は寛政6年5月の「敵討乗合話」、後者は同じ年8月の「神霊矢口渡・四方錦故郷旅路」。
共に桐座で掛かった外題です。

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雪鯨橋   ザ・コーブがアカデミー賞

Sc214039fpxobjiip1 「浮絵 熊野浦鯨突之図」

歌川豊春

                                   

                                   

                                    


雪鯨橋という橋が大阪にあります。宝暦6年、瑞光寺の住職・潭住知忍が太地に立ち寄った折り不漁に苦しむ漁民から豊漁祈願の依頼を受けます。殺生の戒めもあり固辞いたしますが、苦しむ漁民を見捨ててもおけず引き受けます。
その甲斐あってか村は豊漁にわきます。感謝のしるしとして奉納された鯨の骨で作られたのが「雪鯨橋」。
クジラの冥福を祈り,すべての生き物の命を大切にしようという知忍 禅師の想いが込められています。

アカデミー賞を受賞したルイ・シホヨス監督は受賞インタビューで「食べるために娯楽のために動物を利用する事を日本人に考えて欲しい」と言ったそうです。イルカ漁を悪しき風習とも。
どういった基準でそう考えるのですかね。
かって西洋列強諸国は脂を搾り取るためにクジラを獲っていました。
石油が利用されるようになり、その必要がなくなりました。
その途端に捕鯨反対ではとても納得できません。
アラスカエスキモーはクジラを食べずに今日まで生きられたとは思えません。
IWCも捕鯨を認めているはずです。
時と場合、ご自分の都合でいかようにも変わるものさしで日本を非難しているのでしょうか。
あらゆる分野で動物は様々に利用されています。
その是非を選別する基準は誰が誰に与えたのでしょう。
地球的観点からと仰るならグローバルスタンダードをお示し下さい。

また私は見た事がありませんが、牛のピッシングの映像を併せて公開して欲しいものです。

アカデミー賞というとGlobal Green という団体がPre-Oscar Party なる物を開いています。
地球だエコだと言うならこんなパーテイー開かないほうがよっぽどマシだと思うのですが。
どうもアメリカの自然保護は金の匂いがつきまとう。

フェラーリのエコカー時速300km。どこがエコなんですかね。
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とんだ茶釜が薬缶に化けた

95168_482687_2 「とんだ茶釜」
一筆斎文調

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江戸時代こんな言葉が流行ったきっかけは、お仙の姿が消えた事。
家業の水茶屋「鍵屋」の茶汲み女として働いていました。
当時浅草寺奥山の楊枝屋「柳屋」の看板娘柳屋お藤、二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の看板娘蔦屋およし、と共に明和の三美人と謳われました。
お仙見たさに笠森稲荷の参拝客が増えたといいます。
お仙目当てに訪れても店には老齢の父親がいるだけになったのは、
明和7(1770)年2月でした。
どうしてか?何処に行ったか?
誰もわからなかったそうです。
実は幕府旗本御庭番で笠森稲荷の地主でもある倉地甚左衛門の許に嫁いだそうですが。
そのお仙を描いたのが春信、二人を記念して永井荷風が谷中の大円寺に碑を建てています。
しかしこの寺は何の関係もなく、実際の笠森稲荷のあった福泉院は明治に廃されています。
その 跡には明治26年(1893年)に功徳林寺が建立され、
境内に改めて笠森稲荷が祀られています。
「とんだ茶釜」は思いも掛けない大変良い物事を言います。

「笠森稲荷の鳥居に詩を書くお仙」
春信

オーストラリアの浮世絵

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5月2日まで歌麿をメインに浮世絵展が開催されているNSW美術館。
今回はベルリン所蔵の物が多いようですが、もちろんオーストラリアにも浮世絵は所蔵されています。
まずは歌麿から。
浮世展のポスターにもなっている「音曲恋の操おこま才三郎」。

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「柿の皮をむく母]                                 「婦人手業拾ニ工」

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「兵庫屋華妻」名取酒六家撰

「権八と小むら咲」

64419942323s_3 歌川派から
「美人」豊春

「渡辺亘の妻袈裟御前」豊国

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北斎の桃太郎

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3月3日、桃の節句。
古来桃には邪気を祓う力があると考えられているようです。
孫悟空が管理していた桃の内、6000年に一度実をつけものを食べると不老不死になるとか。
寛政4年(1792)頃,山東京伝作・葛飾北斎絵による「桃太郎発端話説」は少しなりゆきが違います。
桃太郎は桃から産まれません。鬼に宝物を奪われたおじいさんおばあさんが桃を食べて若返り桃太郎を産みます。
舌切り雀や打ち出の小槌等様々な物語が合わさって出来ているようです。
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北斎の描いた「桃太郎と鬼の行列」の画像が有りましたのでご紹介します。

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金刀比羅宮、伊藤若冲「花丸図」を公開

2010年3月19日(金)〜6月13日(日) 年中無休
第二会場では、若冲筆の襖4面のほか、愛媛県 定連寺が所蔵する若冲筆「燕」(金刀比羅宮 奥書院の障壁画の一部であったとされています)、若冲の弟子であったと伝えられる金毘羅大権現(今の金刀比羅宮)第10代別当 宥存の肖像「宥存図」(伝円山応挙筆)、その宥存の作品「鷹図」を特別展示されます。

http://www.konpira.or.jp/
http://www.asahi.com/national/update/0301/OSK201003010138.html?ref=rss

J033

表書院
http://www.guimet.fr/visite_konpira/index.html

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