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2010年4月

ルノワール  伝統と革新 画像

国立国際美術館
2010.4,17~6.27
(一部拡大画像)

Ⅰ.ルノワールへの旅

04 「パリの郊外、セーヌ河の洗濯船」
1872-73 年
油彩・カンヴァス 46.4×55.9cm
諸橋近代美術館

Portrait_2 Bonaparte as Chief Consul, Portrait of Poly, Monet.
Musée Marmottan Monet

A0000f79_2 Madame Henriot, c. 1876
Gift of the Adele R. Levy Fund, Inc
National Gallery of Art, Washington

A0000700_2Georges Rivière, 1877
Ailsa Mellon Bruce Collection
National Gallery of Art, Washington

 

      

 

Renoir01_2 Couple Reading
1877
油彩・カンヴァス
32.4×24.8cm
群馬県立美術館
描かれている二人はモデルのマルゴと、ルノワールの弟エドモンである。マルゴとエドモンは、ルノワールのパトロンであるシャルパンティエ家を飾る76年作の2点一組の装飾画でもモデルとなっている。マルゴは75年からルノワールのモデルになり、79年に亡くなるまで、《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの日曜日のダンス》(1876)、《帽子店にて》(1878)、《ショコラのカップ》(1878)などのモデルをつとめる。

O0400046810425326446 団扇を持つ女
1879~1880
Clark Art Institute

Sc115768fpxobjiip1

Algerian Girl
1881
Oil on canvas
50.8 x 40.6 cm (20 x 16 in.)

Sc202259fpxobjiip1 The Seine at Chatou
1881
73.3 x 92.4 cm (28 7/8 x 36 3/8 in.)
Oil on canvas

Pai_ph017_1 エスタックのオリーブ畑
1882年
油彩 キャンバス
37×66cm
丸紅

Sc114311fpxobjiip1 Dance at Bougival
1883
181.9 x 98.1 cm (71 5/8 x 38 5/8 in.)
Oil on canvas
The open-air cafés of suburban Bougival, on the Seine outside Paris, were popular recreation spots for city dwellers, including the Impressionist painters. Renoir, who was primarily a figure painter, uses intense color and lush brushwork to heighten the sense of pleasure conveyed by the whirling couple who dominate the composition. The woman's face, framed by her red bonnet, is the focus of attention, both ours and her companion's.

03_2 「モーリス・ドゥニ夫人」1904年
油彩・ カンヴァス 54.0x45.0cm
諸橋近代美術館

Renoirlakesidelandscapeng6528fm_2 Lakeside Landscape
about 1889,
The National Gallery

Hrnob トリニテ広場(パリ)
1892~93
ひろしま美術館

O0795096410402790475 ジュリー・マネの肖像
1894
Musee Marmottan Monet

0003_2 カーニュの風景
1905
油絵
74.0×84.0cm
和泉市久保惣記念美術館

Ⅱ.身体表

125147_7009351  Woman Seated in a Chair,
c. 1883

Charcoal, with graphite, on off-white wove paper
362 x 310 mm

44ed54a78841083560227b0a6af9abc247c Reclining female nude
1906
Etching
height: 13.4 cm (plate mark); width: 19.4 cm (plate mark)

7901dcbdac9258508030ec3d60724fe7ab4 Washerwoman
1916
Sculptors
Guino, Richard (1890-1973)
Renoir, Pierre Auguste   
Bronze cast (lost wax)
height : 33.5 cm ; width : 30 cm; depth : 18 cm
Inscribed on base, by right leg, Renoir

Ⅲ.花と装飾画

A00006fb_2 Flowers in a Vase, c. 1866
Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon
National Gallery of Art, Washington

20100125_1339982 「テレーズ・ベラール」
1866

90588_451954 Young Woman Sewing,
1879

Oil on canvas
24 3/16 x 19 13/16 in. (61.5 x 50.3 cm)

20100125_1339983 「タンホイザーの舞台(第1幕)(第3幕)」
1879
個人蔵


20100125_1339984_2

Ⅳ.ファッションとロココの伝統

44_0004_2 Portrait Mademoiselle Irene Cahen d`Anvers (Little Irene)
Oil on canvas. 65 x 54 cm.
1880, Dauberville 506
EG Bührle Collection

48844_3 The Apple Seller, c. 1890
The Cleveland Museum
This painting depicts a young country girl offering apples to Renoir's wife, Aline. The boy in the straw hat may be the artist's nephew, Edmond, but the young girl with the ribbon in her hair has not been identified. Bathed in soft, dappled sunlight, the figures are united through the fluid brushstrokes that cover the canvas. The leaping dog provides an accent of humor and motion in an otherwise tranquil scene. The picture was probably completed as Essoyes, in eastern France

Sc183549fpxobjiip1 Girls Picking Flowers in a Meadow
about 1890
Pierre-Auguste Renoir, French, 1841–1919

65.1 x 81.0 cm (25 5/8 x 31 7/8 in.)
Oil on canvas

16r119a レースの帽子の少女 1891年
油彩/カンヴァス、55.1 x 46.0 cm
ポーラ美術館

44_0001_2 Two Girls (Summer Hats)
Oil on canvas. 65 x 54 cm.
1893, Dauberville 995.
EG Bührle Collection

Sc28894fpxobjiip1 Le chapeau epinglé (Pinning the hat)
1898
Stone: 60 x 48.8 cm (23 5/8 x 19 3/16 in.)
Sheet: 90.5 x 62 cm (35 5/8 x 24 7/16 in.)
Color lithograph

歌麿 雪月花

F190354

下野新聞に歌麿3部作「雪月花」の写真発見とあります。
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/region/news/20100428/315817
詳細が確認できないのが残念です。
歌麿の栃木との関係が以前から言われています。近年「女達磨図」の発見もありました。
そのきっかけとなったのが、明治12年栃木の常願寺で展観された「雪月花」です。
月は1、5メートル花は2メートルを越える大作です。
この三幅対は後パリに渡ることになります。
そして現在「雪」は行方不明、「月」(画像)はフリーア美術館にそして「花」はワズワース・アセーニアム美術館が所蔵しています。

NHKニュースが取り上げているようです。

江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿が女性たちをえがいた3部作「雪月花」と呼ばれる肉筆画を写した写真が、栃木市の住宅から見つかり、地元の人たちは、歌麿と栃木市の関わりを示す資料になるのではと注目しています。
見つかったのは、喜多川歌麿が江戸時代中期にえがいた「雪月花」と、呼ばれる肉筆画の3部作の写真です。
栃木市の国文学者、小林祥次郎さんの自宅に保管されていました。写真は古いアルバムに貼り付けられ、写真の横には、小林さんの父親が書いたとみられる撮影のいきさつも記されています。
いきさつには、明治時代に栃木市の豪商が絵を売りに出した際、小林さんの祖父が購入しようとしたものの、親族に止められてあきらめ、それを惜しんで写真を撮ったと書かれています。
栃木市の郷土史によりますと、歌麿は栃木市に滞在して「雪月花」をかいたという言い伝えがあるということで、地元の人たちは、歌麿と栃木市の関わりを示す資料になるのではと注目しています。
「雪月花」は、明治20年代に海外に流出し、3枚の絵のうち「月」と「花」はアメリカの美術館に所蔵されていますが、「雪」は所在がわからなくなっています。
調査にあたった市民団体の川岸等さんは、「歌麿と栃木とのかかわりを広く知ってもらうきっかけになることを期待しています」と話しています。

04月28日 21時16分

喜多川 藤麿

歌麿門下、不二麻呂・紅霞斎 紫霞斎 紫園・紫峰・芳州・洒仙・蓉山と号した。
錦絵
や版本の挿絵はほとんど見られないが、寛政から文政期(1789~183)にかけて、肉筆美人画の制作で活躍。
この他「美人春夏秋冬図」(浮世絵太田記念美術館所蔵)、「見立六歌仙図」(たばこと塩の博物館所蔵)が有名。

C0034743 「遊女立姿図」
東京国立博物館所蔵

Jkai0246b

                                                                  

「母子採芒図」
紙本著色・掛幅装
121.2×46.0
熊本県立美術館
落款は「藤麿筆」とし、朱文2字(紫園)と
白文2字(藤麿)の方印の2顆

                                                                     

Jkai0197b鍬を持つ美人図
絹本著色・掛幅装
91.6×25.8
熊本県立美術館

             

Photo
美人戯犬図 
絹本着色
106cm x 37cm
文政甲申初夏
紫峰老人藤麿

この足元に犬がじゃれている構図は源氏物語の若菜から採り入れられたようです。若菜に登場するのは唐猫ですが。多くの絵師に見られ師匠の歌麿にも「絵兄弟 見立女三の宮」のような作品があります。

                               Sc205924fpxobjiip1_2

喜多川歌麿の枕絵

絵本小町引
大判錦絵
1802年頃

Photo 4

33 2

絵本床の梅
中判錦絵
18世紀後期

5

評価額はいずれも10万円前後
5月にイギリスでオークション

SOFIA

62198579086_10
The Stratospheric Observatory for Infrared Astronomyの略。
約して遠赤外線天文学成層圏天文台。
NASA とドイツ航空宇宙センター (DLR)で共同研究。
地球上のあらゆる水分を避け成層圏において遠赤外線望遠鏡で観測。
惑星の大気および地表の研究、彗星の構造・進化・構成の研究、星間物質の化学および物理学的研究、恒星およびその他の天体の組成に関する研究である。
ボーイング747-SPをベースに開発された機体が公開された。
後部に望遠鏡、内部の様子と焦点部分の映像。
62198579111_10 62198579285_10 62198579289_10

ピカソは右利きですか?「円熟期の版画展」

D5304128l_2 

D5308507l 荒井記念美術館所蔵のピカソ版画120点が巡回中です。新見、下関、新津と来て明石は4番目。
荒井記念美術館はピカソの版画267点を所蔵、日本最大級の規模です。
http://www.iwanai-h.com/art/

今回はその所蔵品の内の1950~60年代の作品を中心にした構成になっています。残念ながらピカソ最古の版画、「貧しい食事」は巡回していないようですが。
最初期の作品としては友に1905年製作の「女の顔」「二人のサルタンパンク」が印象的でした。売れない時はあのピカソでも不安感が拭えなかったんですね。
Picasso_2x_2

D5308521l 版画では左右が逆転します。ピカソはその点に頓着しないのでしょうか?
そう思ったのは作品の中の製作日が逆になっているからです。
すると人の顔はどうなるのでしょう。
一人の横顔を描いた作品の多くが右向きです。右横顔を見せています。
でも本当は左横顔を描いているのですよね。 左半分は本音の顔とも言われるとか。
人の顔を左右に分けると左半分がより豊かに感情表現が現れるという実験結果があるそうです。
作品で左右が入れ替わる、作品の顔はそのまま右横顔と捉えたらいいのでしょうか?或いは左横顔なのか?
それとも本来本音の顔が右横顔になっており、さらにより深い左横顔を想像すべきなのか。
D5128863l 左向きの作品もありました。2枚、妻のジャクリーヌと親友クロムリンクを描いた物。より近しい関係者です。
「画家とモデル」シリーズなどは二人が向き合っています。
モデルは右向きで画家本人は左向き。 やはり自分に近い者は左向きです。
ならばピカソは右向き、左向き、本音の顔を意識して描いたのではないのか。
或いはそれは考えすぎなのでしょうか・
右利きは右向きの絵を描くのが苦手、と聞いたことがあります。
ピカソも右利きで只単に描き易い左向きを描き、結果右向きの作品が多いだけのことかも知れないのですが。


D5118247l Picasso11 Picasso

モネを愛したボストン ~ボストン美術館展~

Tokyo2

ボストン美術館展が始まりました。
http://www.asahi.com/boston/
私は7月の京都市立美術館まで我慢です。
京都展の案内が4月26日の朝日新聞にあります。
特にモネの逸話を紹介しています。
ボストンで最初のモネ展が開かれたのが1892年。
保守的な批評家からは「しみと点で出来た風景」とか「粗野でへたくそ」と散々な批評だったようです。
しかし新聞各紙が取り上げモネブームが起こったようです。
また熱心なファン、収集家も生まれました。その中心がジョン・シンガー・サージェント。
最初のモネ展も彼の尽力のおかげだあったとか。そして
1911年にはボストン美術館展で初めてのモネ展。市内からだけで40点が集まったそうです。
1924年には当時としては珍しい事だった美術館が作品を買いあげます。
その記念すべき作品が”Rouen Cathedral Façade and Tour d'Albane (Morning Effect) 1894”
「ルーアン大聖堂の正面とアルパーヌ塔 (夜明け)」でした。

ボストン美術館からモネの画像を拾ってみました。
最初出展作が判らずニュース画像と貸し出し中の表示のある作品を掲載しましたが、間違いを指摘して頂きました。今回の新聞記事ではっきりしました。
11枚の内10枚は「モネの冒険」と名付けられた円形の部屋に展示されているんですね。

Snow at Argenteuil   about 1874
Road at La Cavée, Pourville 1882
Fisherman's Cottage on the Cliffs at Varengeville 1882

Sc202260fpxobjiip1 Sc172195fpxobjiip1 Sc102594fpxobjiip1
Meadow with Haystacks near Giverny 1885
Grainstack (Sunset) 1891
Rouen Cathedral Façade and Tour d'Albane (Morning Effect) 1894

Sc202264fpxobjiip1  Sc197958fpxobjiip1 Sc197957fpxobjiip1_2

Morning on the Seine, near Giverny 1897
The Water Lily Pond 1900


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The Fort of Antibes 1888
Valley of the Petite Creuse 1889
 (The striking effects of Monet's several paintings of the Creuse Valley in central France are achieved through complex, superimposed layers of color, as he combined bold brushstrokes with intricate passages made up of many small touches. Delayed by bad weather while painting his Creuse scenes, Monet hired workmen to strip the newly budded leaves from a tree in the valley so that he would not have to change his composition.)

Sc46148fpxobjiip1_2 Sc202261fpxobjiip1


残る1枚
Camille Monet and a Child in the Artist's Garden in Argenteuil 1875
は”描かれた日常生活”の部屋に展示されています。

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ピカソ

ピカソ展をもう一つ。
フィラデルフィア美術館で5月2日まで開催中ですが、そのギャラリーガイドは初心者の私には参考になりました。
さらに一昨日のクリステイーズに出品されたピカソの写真。
D5304128l

IRVING PENN (1917-2009)
Picasso (B), Cannes, 1957
platinum-palladium print, flush-mounted on aluminum, printed 1985
signed, titled, dated, numbered '7/47' in pencil, Vogue/Condé Nast copyright credit reproduction limitation and edition stamps (on the reverse of the flush-mount)
18¾ x 18½in. (47.6 x 47cm.)

ピカソ展

Tks_aks_10sp04 「ピカソ 円熟期の版画展」
http://www.akashibunpaku.com/index.html
ピカソの人気振りは相変わらずのようです。
昨年から荒井記念美術館所蔵のピカソの版画120点が巡回しています。
新見、下関、新津と来て現在兵庫県明石文化博物館で開催中です。
そのHPによりますと、ピカソが生涯に制作した作品数は、絵画、彫刻、陶器、版画などおよそ8万点。
その内版画は2000点を超えるそうです。特に80歳を過ぎた1968年には半年で347点も制作したとか。
その情熱、体力、気力には驚かされます。

Photo_2  一方アメリカでもピカソ展が開催中です。
”Pablo Picasso: Celebrating the Muse: Women in Picasso’s Prints from 1905-1968”と題してマルボロー美術館で5月8日まで。
こちらは200枚余りが展示されているようです。
http://www.marlboroughgallery.com/

http://www.youtube.com/watch?v=2pusL-hxr20

Disowned2_2

今1枚はまもなくメトロポリタン美術館で展示されるピカソ。
1902ないしは1903年に製作された名付けて
"Erotic Scene",(27 5/8 x 21 7/8 inches) 。
美術館が1982年に入手して以来一度も展示されていなかったそうです。
絵のでき云々より内容が問題視されたのでしょうか。

http://www.metmuseum.org/special/se_event.asp?OccurrenceId={CD70B3F0-D1B8-4501-9B63-085D213E0E9B}

月見る虎図

C0189120_1171995_3  4月17日放送予定の”美の巨人”は北斎の「月見る虎図」が取り上げられるそうです。
山口の北斎美術館所蔵の北斎晩年の肉筆画。
参考までに北斎の他の虎図を右欄に別掲しました。
画像随時追加します。

F3409crd1fpxobjiip1 北斎の弟子の北鵞の「雷雨に虎図」も併せて。

嵐璃寛:上方歌舞伎名門の息吹

4月16日~5月30日
池田文庫(072・751・3185)

HPでなかなか紹介されませんので新聞記事で

20100317oog00m040005000p_size8

嵐璃寛:上方歌舞伎名門の息吹 片岡仁左衛門家寄贈の錦絵、500点公開へ

歌舞伎俳優、片岡仁左衛門家が所蔵していた上方歌舞伎の名門、五代目嵐璃寛(りかん)(1871~1920)家の遺品が阪急学園池田文庫(大阪府池田市)に寄贈され、来月展示公開される。保存状態のいい錦絵約500点など、江戸時代から明治期の上方歌舞伎の様子を知ることができる貴重な資料だ。

 璃寛家は初代が「大璃寛」と呼ばれるなど名優を輩出した家柄。五代目は女形中心に立役(男の役)もこなし人気があった。

 遺品は約35年前、璃寛の遺族が十三代目仁左衛門(94年死去)に贈った。錦絵は、幕末から明治初期までの三、四、五代目璃寛の色鮮やかなもので、4冊の画帳に張られていた。璃寛の錦絵ばかりを集めたのは他に例がないという。

 また二代目璃寛(1788~1837)の一代記「橘草紙」は和紙に墨書され、芝居の出勤記録の他、江戸時代の歌舞伎界の様子も描かれている珍しい本。他に、当時のファンクラブ「大手連」が使った袋入りの拍子木、姿見、明治初期の番付27枚も寄贈された。

 上方歌舞伎に詳しい梅花女子大教授で池田文庫の荻田清理事は「錦絵は今刷られたかのように保存状態がいい。また、橘草紙によると、二代目璃寛が七代目仁左衛門に非常に可愛がられていたことが初めて分かった」と評価。十三代目の三男で十五代目仁左衛門さんは「多くの人に見ていただく方が(璃寛家にとっても)幸せで、遺品も生かされると思う」と話している。


毎日新聞 2010年3月17日 大阪夕刊

極めて貴重なマドンナ ムンクの未公開作品

Photo 1895年の日付とムンクのサインが書かれた手彩色のプリント。
ムンクは1895年から1902年にかけて何回か同様のマドンナを手がけています。
現在確認されている7作品の内でも最初期の作品。
一連の作品を検証する上でも極めて貴重な作品。
オスロの実業家の遺族が保有しており、他にも数枚のリソグラフを所蔵しているとの事。

7月にオークションに掛けられます。
予想額は50~70万ポンド。
1億円をきるぐらいでしょうか。

シャーロック・ホームズ

3月の講談社文庫の新刊に出久根達郎の「作家の値段」があります。
著名作家が古書の世界においてどのように評価されているか。
珍品の値段とその経緯、作家のエピソード等が書かれています。
取り上げられている作家の内の一人が山本周五郎。
平成9年、ある古書店主がそれまで周五郎作と知られていなかった作品を目録に載せました。
それが目論見通り周五郎研究の第一人者の目に留まります。
「少年探偵 黒襟飾(ネクタイ)組の魔手」という作品。雑誌「少年少女譚海」昭和5年8月号の付録です。
少年雑誌の付録でしかも探偵小説ということが研究者の盲点だったようです。
その後同作の2点目が見つかります。95000円の値が付きます。
さらに同じく少年雑誌の付録で「探偵小説 シャーロック・ホームズ」という作品も古書界に初出したりしました。
山本周五郎と言えば時代小説のイメージでしたが、こういうのも書いていたんですね。

シャーロック・ホームズといえばロバート・ダウニー・Jr主演の映画が上映中ですね。
春休み公開で子供向けかと思っていましたが、そうではないようですね。
原作は勿論コナン・ドイル。
そのドイルの手紙があります。
シャロックホームズ役を好演したオリバー・ピータース・ヘギーに宛てたもの。

762_2 “My dear Sir,
 Just a line to thank you again for your splendid Holmes. It really is a a very excellent performance. Your disguise is so remarkable that I have grave doubts whether your audience give you the personal credit which is your due. Why not in taking the call restore the contour of your face & doff your wig. I’m sure they think it is a double.”
           Yours very trly,
                    Arthur Conan Doyle”

766_2  そしてシャーロック・ホームズのモデルと言われているのが、大学時代の同級生ジョセフ・ベル。
彼のサインも残されています。

チチェン・イッツァ

Photo
昨日ペルーのマチュピチュ遺跡観光が2ヶ月ぶりに再開されました。
1月の豪雨で寸断されたアクセス手段の鉄道が復旧した結果です。
写真で見る限り遺跡に大きな影響はなかったようです。

Chichen2
一方マヤ文明を代表するものにメキシコの世界遺産チチェン・イッツァが有ります。
ククルカンの神殿は春分、秋分の日に蛇が現れる事で有名です。
この遺跡がやっと州政府のものになりました。
メキシコの実業家Barbachano氏の相続人から86ヘクタールを1780万ドルで買収しました。
今までは私有地だったのですね。
1894年に当時アメリカの領事だったエドワード・トンプソンが手に入れました。
そして付近を発掘大部分をハーバード大学に送ります。
そのため後にメキシコ政府から窃盗容疑で訴えられます。
1935年に死亡しますが、メキシコ最高裁は遺族に返還を命じます。
すると遺族は観光事業に乗り出していたBarbachano氏に売却、今日に至っていたようです。

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