桑原ふみ子
上方落語の特徴として挙げられるものに「はめもの」があります。
当然お囃子さんの存在が重要です。
一時期、上方落語の危機が言われたように、お囃子も危うい存在でした。
それを支えたのが林家とみさんでありそのお弟子さん達です。
そのお一人に桑原ふみ子さんがいらっしゃいました。
林家とみさんの弟子でもありますが、元々は長唄のご出身です。
で杵屋柳翁襲名の話が出た時、そのままお囃子をを弾くわけにはいかないとお辞めになったそうです。
しかしある時阪大の落研の学生さん達を指導されるようになりますが、専門ではないと報酬は受け取らなかったそうです。そのためか他の多くの大学で指導、遠くは愛媛にまで出向かれています。
学生達も翠会というものを作り稽古に励んだようです。その伝統は今も健在でその様子が桂 枝女太さんのブログで伺えます。
http://blog.zaq.ne.jp/katsura-shimeta/article/321/
桑原さんは美しいお囃子が信条だったようで、コケ間、引っ掻き回した演奏を忌避されたとか。
ですから「上方落語寄席囃子集」は記録的にはその価値を認めつつも、理想とする音締めではなかったそうです。
その点NHK昭和57年4月の収録は自らのを信条を追求されたものだそうです。
因みにその時の鳴り物は米輔、市染、吉朝さんが担当されています。
また、先人の演奏が記憶と勘に頼るのが半間になったりする原因と考え楽譜化する子とを思いつかれたのも桑原さん。それがひいては短時間での習得を可能にしNHK文化センターの講師をお務めになり、こちらでもお囃子の普及後進の育成に貢献されています。
その桑原さんが肺気腫で亡くなられたのが、平成5年10月8日。
今、明石の天文科学館のすぐ下で眠られています。
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