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ご安航を祈る

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先日NHKで「ふたり~コクリコ坂・父と子の300日戦争」というのをやっていた。
その中で宮崎駿は野村や長島監督とは違うと言っていたがどうですかね。
ゲド戦記の時からビデオ撮ってます。しかしその時は番組にならなかった?
(やったのかどうか知らないがそれを前提に書いてます)
しかし今回の番組は放送された。
充分親馬鹿やってるのでは。
少なくとも「ゲド戦記」は試写を見た父が途中で退席せざるをできない内容でした。
元々父は設計士だった吾郎が監督になるのは反対だったそうです。
また周囲のスタッフなども同様だったようですが心配の内容がちょっと違います。
後者は素人がいきなり紙切りができるのかともっぱら技術的なことを疑問視。
一方父駿は吾郎に監督たる覚悟を問い掛けます。
この辺がさすがと思わせます。
さらに今作品の主人公の性格を掴み切れず中々製作が動き出さないのを心配した駿が一枚のコンテを描きます。
するとこれまで暗さのあった主人公が生気に満ち、スタッフの意思も統一されます。
その有様を見ていた駿をカメラが撮ると「何撮ってんだよ」と照れ隠し。
そのコンテ実際の映画のシーンよりよかったと思います。
この度の東日本大震災で中断しそうになった時、発破をかけたのも駿です。
何かにつけ影で支えた父、プロデューサーから吾郎の成長を聞いても「何撮ってんだよ」。
でも野村や長島監督とは決定的に違います。
それは吾郎がプロのアニメ監督足りえるからです。
息子が一人前だったからです。
「コクリコ坂から」はいい作品です。
脚本に気に入らない所もありますが。

それにしても序盤のバスのナンバープレート、
あれはどういうことでしょう、悪い冗談ですかね?
神 230
陸運事務所を示す文字「神」が「横浜」「相模」になったのは1964(昭和39)年11月ですから「神」はわかります。
そこまで確認しておいて230は何故?
分類番号の3桁化は1998年5月
125492321134416104595_auto002  川口自動車館
また理事長に直接談判に行きますが、モデルとなった徳間康快の社長室には出版作品が置いていました。
その中の一冊「自立の思想的拠点」が徳間書店から出たのは昭和41年11月です。
この物語の時には出ていません。
細かい所にチェックミスがあるのでは。
そもそも昭和38年の学生運動はどうだったのか。
クラブハウスにカルチェラタンの名を冠していますが、神田の騒動は昭和43年ですし本家の五月革命も昭和41年。
昭和38年が舞台のこの作品とは空気が違ってたように思います。

師匠へのオマージュとして映画が少し前に掛かりました、「 スーパーエイト」です。
傑作という評判で見に行きました。
なるほど師匠の映画を髣髴とさせる場面もあり、そつない仕上がりです。
映画少年の存在そのものが師匠へのオマージュでしょう。
子供達の演技もよかった。
でもあの続編を撮るとしたらどんな映画になるのか。
その点がいささか気がかり。

画像はこのほど戻ってきたレンブラントの「審判」

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