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上方落語競演会 昼席

003


日 時 2011年10月8日(土)
会 場 兵庫芸術文化センター 阪急中ホール

桂 ひろば    「大安売り」
月亭 八光    「ちりとてちん」
笑福亭 銀瓶  「千早ふる」
桂 塩鯛     「天狗裁き」
中入り
桂 米團治    「親子茶屋」
笑福亭 松喬  「壷算」

桂 ひろば    「大安売り」
ざこば一門弟子が8人、上三人には朝丸時代で丸が付き、後の五人には”ば”が付いてます。
もちろん師匠に付けていただくのですが私には4つの候補があり自分で選ぶように言われました。
4つというのが今のひろば、なんば(西成に住んでいたので)、ふろばそしてはかば。

月亭 八光    「ちりとてちん」
マクラも噺も面白くない。
この度のお江戸での真打昇進の3人は28人、21人、8人抜きだそうです。
まあ八光は抜かれる方ですね。

笑福亭 銀瓶  「千早ふる」
米朝師匠に一番近い噺家です。芸ではないですよ、武庫之荘に住んでるだけなんですが。
今日は米朝一門と松鶴一門ですが、どうですか八光君えらい肥えてからに。
きっと八方師匠とおいしいもん食べてるんでしょうね。
大阪の福島の「あじ平」いうフグ専門店なんかによく行ってるようです。
私ら中途半端に売れ方ですから時間はあります。
週4回ジムに通って鍛えてます。
ほらこの力こぶ、本当なら裸で落語したいぐらいなんですが。
トリを務める松喬師匠も鍛えてはります。笑福亭は武闘派なんですね。
米朝一門はちょっと甘いような気がします。御曹司をはじめとして。

先日自室で仕事してますと居間のほうで嫁さんと子供で盛り上がってるんです。
私がいないと盛り上がるんですね。
何事と覗くと高校生のクイズ選手権の決勝やってました、開成と灘。
灘、母校ですわ。嘘ですよ。灘区に住んでただけです。
開成のマッチポイントで大詰めの問題が
日本名を「北知床岬」という、サハリン島の東端にある岬の名前は何?
こんなん判ります?とりあえず納沙布岬と答えたら灘が同じ答えでした。
開成は違う答えでしたのでどっちやと思ったらCMで引っ張る引っ張る。
正解はテルぺニヤ岬で両者間違い。
次の問題は、
英語のベースボールを「野球」と訳した教育者は誰?
それやったら正岡子規と答えたら又灘と同じ答え。
やっぱり俺は灘や、と家族に言ったんですが、開成が答えた中馬庚(ちゅうまんかなえ)が正解で優勝。
確か正岡子規の幼名が升(のぼる)、それでノボール=野球と称していたと聞いていたのでこれは納得いきませんでした。
調べますと「打者」「走者」「四球」などの野球用語は正岡子規の訳でしたが、野球は違うそうです。
こんな風に雑学に通じているとという噺を一席。

桂 塩鯛     「天狗裁き」
昨年67年ぶりの塩鯛を襲名しました。
そもそもは米朝師匠に勧めていただいたんです。
全国各地こちらでも10月31日にお披露目させて頂きましたが、最後は出身地の京都南座でした。
ありがたいことに米朝師匠にも口上に並んで頂きました。
お客様は皆さん私より米朝師匠に注目されたんですが。
その幕が揚がろうとしたまさにその時、米朝師匠が突然「今日は一体なんや?」と言い出したんです。
ざこば師匠が塩鯛の襲名と説明すると、「何で継ぐんや?」
あんたが言いはったんや、と突っ込みたくなりましたが。
いざ幕が揚がるとありがたい口上をいただいたんです。
それやったらさっきのボケはなんだったんと思ったりもしました。
打ち上げの席でも再び「今日は一体なんなんや?」

まあ皆様のご支持を頼りに次へ伝えたいと思っています。
私は落語は気楽に楽しんで頂けたらと思っております。
よくこの噺の時代設定は何時頃とか、細かい点を追及質問されるお客様がいらっしゃいます。
先日も「みかん屋」でミカン一つ1円でやったら聞かれました。
別に具体的な時代設定は考えていませんでして、ただ1個1円なら計算しやすい。
ただそれだけです。
夢の話をあまり難しくお考えにならないようお付き合いいただきます。

中入り
桂 米團治    「親子茶屋」
御曹司です。
親が人間国宝ですと子供もそれなりの苦労があります。
香川照之の気持ちがよくわかります、
と海老蔵が香川照之に替わったぐらいで、よく聞くマクラでした。

笑福亭 松喬  「壷算」
マクラで米朝師匠が話題に出ましたので私は松鶴の話を。
亡くなってもう25年です。
噺家の中には松鶴を知らないのが出てきました。
今年還暦を迎えた記念に本でも出してはと勧められましたが、最初はどうかと思ってました。
しかし今の内に松鶴の事を伝える必要があるのでは、と思い直して今日も15冊ほど持ってきております。本日は特別価格の100円引きでお願いしております。
その中でも触れておる話になるのですが、私は入門に際しては師匠に手紙を出しました。
「こんにちは」
「まあ、こっち入り。お前誰や?」
「高田です」
「何しに来たんや」
「弟子入りしたいんです」
こんな風な会話形式のです。
因みに鶴光兄は往復はがきで弟子入り入門許可か否か○させたそうです。
上に仁鶴、鶴光が居て福笑、私、松枝、呂鶴が半年ぐらいの間に入門、いわば同期です。
人間誰しも好き嫌いがあります。
入門して7~8年は師匠は私を嫌っていたと思います。
そう思いたくなるぐらい辛かったですね。
師匠が好いていたのは仁鶴、福笑です。
一方女将さんのあーちゃんが好いていたのは鶴光、私、鶴瓶。
どちらでもないのが松枝、呂鶴。この3派に分かれてました。
当時師匠も50歳過ぎ、脂が乗り切ってます。毎日稽古付けて頂きました。
同期の4人一緒です。
今日はこの部分と決めた所を師匠が2度やります。
それから我々が順次やるのですが
まず福笑は稽古嫌いで覚えもよくないのでイラついた師匠が次、と私に振ります。
で私も覚えが悪い。さらに播州訛りが師匠の気にいりません。
言葉も違いますしアクセントも微妙に異なります。
そこをしつこく直されます。横から福笑も同じようにちゃちゃ入れます。
手本2回では好きというだけで入門した私には無理です。
おまけにひどい時は手本が2度とも異なったりします。
入門前から勉強してた松枝、落研出身と言ってもよい呂鶴とは違います。
稽古は福笑10分に私は40分要りました。
それに比べて要領のよい弟弟子二人は私の稽古を横で見て覚えそれぞれ3分ずつ。
しばらくすると師匠が日曜日は稽古は休みと言いました。
それを聞いて私だけが喜んだとまた怒られたりしました。
そうこうする内、4人にそれぞれ希望の噺の稽古を付けて貰えることになりました。
稽古嫌いの福笑は稽古を断りました。呂鶴は大ネタを希望して師匠を喜ばせます。
私はこれならできそうと「手水廻し」をお願いしました。
すると師匠の様子が変わりました。言葉も敬語です。こんな時は要注意です。
何回か聞いたことあるかと尋ねられ、5回ほどと答えるました。
なら曲がりなりにもできるやろ、今ここで演ってみろ。
オチまで行ったら意地でも教えたる、と仰せです。
あらすじは判ってますが、セリフまで覚えてません。
うろ覚えでやり始めましたが、師匠は新聞を読み始めます。
さらにはトイレで座ってしまいます。
しばらくして戻ってもまだ私がやっている。「熱心な事でおますな」
何とか最後までいきましたが、「それだけできれば稽古の必要おませんやろ」。
私もブチッと切れて以降稽古してもらえませんでした。
しばらくして師匠が神戸の松竹座で昼夜2席10日間を務めることになり、私が付いて行きました。
同じお客さんがお越しになることもありますので、昼夜ネタを変えるのが慣例です。
しかし初日松鶴はどちらも「手水廻し」を掛けました。そして次の日もさらに次の日も。
結局10日間20席すべて「手水廻し」でした。
いかな私でも覚えます。
これが師匠の教え方でした。弟子に応じて教え方が違いました。
鶴瓶は一度も稽古して貰ってません。
楽日にお礼を申し上げますと「わたいは稽古した積もりはない」
今度はブチッと繋がりました。
ずーっと師匠に付いて行こうと決心しました。

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