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幻の歌人、作品歌麿の絵に…栃木出身 石塚倉子

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 江戸期の浮世絵師・喜多川歌麿が、浮世絵版画で栃木の“幻の歌人”を 紹介していたことがわかった。その名は、石塚倉子(1686~1758年)。現在の栃木市藤岡町富吉に生まれた倉子の和歌が美人画に添えられていた。地元 の研究者らは、この歌麿作品を通して倉子に光を当てようとしている。

 吹き送る 風のたよりも 誰(た)が里の庵(いおり)に匂ふ 梅の初花――。

倉子が1756年に出版した歌集「室(むろ)の八島(やしま)」の1作とみられる。「梅の初花」は恋心を表現したものだ。

 この和歌が引用されている歌麿の作品は、版画シリーズ「近代七才女詩歌」の一つ。
東京国立博物館や米ハーバード大などに所蔵されている。高貴な着物をまとった女性の美人画(縦51・8センチ、横23・3センチ)で、「下野室八嶋 倉子女」との添え書きもある。

20140819oytni50096l  倉子は舟運でにぎわう巴波川下流の豪農の家に生まれた。江戸の文人や画家がたびたび宿泊していたことから文芸に親しみ、早くから歌を詠んだ。江戸歌壇の重鎮で国学者の

荷田在満(かだのありまろ)とも交流があり、「室の八島」の序文には、田舎で和歌の道に励んだ才女を称賛する言葉が寄せられている。

 ただ、「室の八島」もまとまった形では残っていないなど、現存する資料は少ない。郷土史家ら研究会のメンバーが倉子の足跡や歌集について調べていて、2年ほど前に歌麿作品に添えられているのを発見した。

 倉子は歌麿(1753年頃~1806年)より60年以上前を生 きたため、交流はなかったはずだ。浮世絵研究の第一人者、浅野秀剛・国際浮世絵学会理事長は「江戸の人気絵師の作品に引用されるだけの知名度と実力が倉子 にあったことは間違いない」と指摘する。研究会メンバーの小林吉一・国学院栃木短大名誉教授(国文学)は「広く知られた歌麿をきっかけに、倉子が栃木市の 『文化資源』になるはずだ」と話している。

            
2014年08月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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