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歌麿

山東京伝、謎の「賛」 歌麿の定石外の肉筆画

201509160002_000_m_2 江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿(1753?~1806)の肉筆画が新たに見つかり、福 岡市美術館(同市中央区大濠公園)で開催中の「肉筆浮世絵の世界」展(20日まで)で公開されている。「花魁(おいらん)と禿(かむろ)図」と題された美 人画は墨だけを用い、正面向きの人物を描いた。浮世絵の定石から外れたこの絵はなぜ生まれ、何を物語るのか。大量に印刷された版画(錦絵)とは違う「一点 もの」のこの絵に戯作(げさく)者の山東京伝(1761~1816)が書き添えた「賛」に注目してみた。

 賛は鑑賞者が絵に書き加えた文章 のこと。大半が褒めたたえる内容だが、「京伝の賛は絵の美人と裏腹のようだ。なぜ、こんな賛を書いたのか」と鑑定した国際浮世絵学会の石田泰弘理事は首を かしげる。京伝の賛は遊女の言葉を用いて花魁の世界をあきれた所とし、容姿をちゃかして表現しているように読めるのだ。

 親交が深かった京伝と歌麿の関係に着目し、石田さんは「モデルは京伝の妻、菊園では?」と推測、可能性を探っている。花魁の着物に描かれた菊が、菊園を暗示すると考えたからだ。

  絵の制作は1790~93年ごろとみる。90年、京伝は遊女だった菊園を妻に迎えた。だが93年、菊園は若くして亡くなった。「定石通りの横顔ではなく、 正面の顔を描いたのはモデルが誰か伝えようとしたから。一般的な彩色画でなく、墨一色で描いた理由も、亡くなった菊園への哀悼と考えると説明がつく」と自 説を述べる。が、「花魁のモデルが妻だとすると、この賛はふさわしくないと思う。問題が解決しない限り特定は難しい」。

 そもそも京伝は遊里(吉原)を舞台に遊女やそこに通う武士、町人を描いた小説で大評判を取った。吉原や遊女を褒めても、けなすことはないのでは?

  これに対し、中野三敏九州大名誉教授(近世文学)は「けなしていない。絵を褒めた普通の賛である」と語る。「当時の文芸の趣向『見立て』を用いたもので、 吉原を外国になぞらえて描く手法はよくある。吉原は常識の通じない謎の異界で、花魁も人を惑わす存在だが一度のめり込めば抜け出せない魅力があると、京伝 らしい言い回しで表現している」。ストレートに吉原や花魁を褒めなかった理由は「寛政の改革と関係があるのでは」と指摘する。

 老中松平定信が主導した改革で、風紀の乱れが厳しく取り締まられた。京伝も吉原を描いた過去の小説がとがめられ91年、処罰を受けた。深く反省した京伝は、吉原を舞台にした小説から徐々に離れてゆく。

 高田衛東京都立大名誉教授(近世文学)は「賛には、処罰に対するざんげも潜んでいるのではないか」との見方を示す。字義通りに賛を読めば「吉原は謎めいた所」「花魁は国をも惑わす」と警鐘を鳴らしているようにも取れる。

  京伝は92年、刑を終えたことの宣伝を兼ねて、自筆の書や絵などを販売する会を大々的に開いた。高田さんは、そこでこの絵が誕生した可能性に言及する。 「友人の歌麿が描いたのは、公儀への遠慮で、色彩は使わない墨一色の絵。そこに“吉原批判”を揮毫(きごう)し、観衆に見せれば反省の気持ちを広く伝えら れただろう」

 京伝の賛は多様な読み方ができ、かえって歌麿の絵の「謎」を深めるようだ。だけど謎めいたものにひかれるのは、江戸の昔から人の常。花魁の微笑は200年以上たった今も、見る者を惑わせる。

    ◇

●山東京伝の「賛」全文

ヲ イラン界は馬鹿羅洲(ばからしゅう)アリンスの北にあり 一名を安藝連洲(あきれす)といふ 此國晦日に月出て四角の鶏卵を産す 國人晝(ひる)眠て夜寝 す 頭に鼈甲(べっこう)の如き角を生し 目は糸に似て口は剃刀(さすが)の如し 指にくろかねの輪をはむる 一たひ笑ふときは陽城を惑し下蔡を迷すとい へり 等間にして此の地に来る人は蝦蟇の井に落たるか如く再出ることあたはす ことは客物志に詳なり(「肉筆浮世絵の世界」展図録の解説を基に作成。一部 ルビを加えた)

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 山東 京伝(さ んとう・きょうでん) 江戸時代後期を代表する戯作者。娯楽本の黄表紙、遊里を描いた洒落(しゃれ)本、古典を基にした読本などの佳作を立て続けに出す一 方、浮世絵、図案(デザイン)、狂歌や俳句、広告文など幅広いジャンルで活躍した。たばこ入れを売る店も繁盛させた。喜多川歌麿とは、同じ版元から作品を 出すなど親交が深く、歌麿は浮世絵「山東京伝の店」「大名屋敷の京伝」を残した。2度結婚したが、ともに遊女出身だった。

=2015/09/16付 西日本新聞夕刊=

 

幻の歌人、作品歌麿の絵に…栃木出身 石塚倉子

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 江戸期の浮世絵師・喜多川歌麿が、浮世絵版画で栃木の“幻の歌人”を 紹介していたことがわかった。その名は、石塚倉子(1686~1758年)。現在の栃木市藤岡町富吉に生まれた倉子の和歌が美人画に添えられていた。地元 の研究者らは、この歌麿作品を通して倉子に光を当てようとしている。

 吹き送る 風のたよりも 誰(た)が里の庵(いおり)に匂ふ 梅の初花――。

倉子が1756年に出版した歌集「室(むろ)の八島(やしま)」の1作とみられる。「梅の初花」は恋心を表現したものだ。

 この和歌が引用されている歌麿の作品は、版画シリーズ「近代七才女詩歌」の一つ。
東京国立博物館や米ハーバード大などに所蔵されている。高貴な着物をまとった女性の美人画(縦51・8センチ、横23・3センチ)で、「下野室八嶋 倉子女」との添え書きもある。

20140819oytni50096l  倉子は舟運でにぎわう巴波川下流の豪農の家に生まれた。江戸の文人や画家がたびたび宿泊していたことから文芸に親しみ、早くから歌を詠んだ。江戸歌壇の重鎮で国学者の

荷田在満(かだのありまろ)とも交流があり、「室の八島」の序文には、田舎で和歌の道に励んだ才女を称賛する言葉が寄せられている。

 ただ、「室の八島」もまとまった形では残っていないなど、現存する資料は少ない。郷土史家ら研究会のメンバーが倉子の足跡や歌集について調べていて、2年ほど前に歌麿作品に添えられているのを発見した。

 倉子は歌麿(1753年頃~1806年)より60年以上前を生 きたため、交流はなかったはずだ。浮世絵研究の第一人者、浅野秀剛・国際浮世絵学会理事長は「江戸の人気絵師の作品に引用されるだけの知名度と実力が倉子 にあったことは間違いない」と指摘する。研究会メンバーの小林吉一・国学院栃木短大名誉教授(国文学)は「広く知られた歌麿をきっかけに、倉子が栃木市の 『文化資源』になるはずだ」と話している。

            
2014年08月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun

喜多川藤麿「見立六歌仙図」

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「見立六歌仙図」
たばこと塩の博物館所蔵

現存50点ほどの藤麿作品の中でも傑作と言われる作品

所蔵)、

ボストン美術館浮世絵名品展   歌麿

クリックで画像拡大します

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「契情婦美姿 八」                     「四季遊花之色香 上・下」

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                                 寝語軒を訪う寄々羅金鶏」

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大名屋敷の京伝

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冨士見茶屋の店先

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吉原のお正月 「京町一丁目 俵屋内 花山 つぼみ ふぶき」

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福禄寿、弁天、布袋年賀の宴

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「青楼仁和嘉女芸者 茶せん売 黒木売 さいもん」             吉原仁和嘉 「荻江松蔵 峰 いと」 

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「青楼三幅対」                                        江戸高名美人 「高しまおひさ」

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「難波屋おきた」 (判じ絵)                  「虚無僧と美人」

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「江戸町壱丁目 玉屋内 若梅 むめの いろか」                     「歌撰恋之部 稀ニ逢恋」

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「当世踊子揃 鷺娘」                                    「当時全盛美人揃 滝川」 

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遊女集 「丁子屋内 雛鶴 つる次 つるの」                      「虚無僧姿の男女」 

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  「千代鶴」                                        「風俗三段娘 下品之図」

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 「台 所」                                                                                          「高名美人六家選 再出」 難波屋おきた (判じ絵)

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「青楼遊君合鏡 丁子屋内 雛鶴 雛松」                                               「青楼遊君合鏡 若那屋内 若菜 和歌浦」

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「逢身八契 梅川忠兵衛の喜伴」                                  

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                                 「忠臣蔵 七段目」

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 「茂兵衛女房おさんが相」                                 「風流七小町 清水」

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「夏衣裳当世美人 伊豆蔵仕入のもよう向キ」

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                          「五 節 句」

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「山姥と金太郎」                                    「七代片岡仁左衛門の由利八郎」



        



  


                              

Sc229675fpxobjiip1 「役者六家選」

Sc228914fpxobjiip1  Sc230824fpxobjiip1   Sc230824fpxobjiip1_3      
「福島左衛門」                     「加藤清正」           「真柴久吉」

Sc228920fpxobjiip1                     Sc228613fpxobjiip1
        「覗き」                                       「風流子宝合」 本読み

歌麿 雪月花

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下野新聞に歌麿3部作「雪月花」の写真発見とあります。
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/region/news/20100428/315817
詳細が確認できないのが残念です。
歌麿の栃木との関係が以前から言われています。近年「女達磨図」の発見もありました。
そのきっかけとなったのが、明治12年栃木の常願寺で展観された「雪月花」です。
月は1、5メートル花は2メートルを越える大作です。
この三幅対は後パリに渡ることになります。
そして現在「雪」は行方不明、「月」(画像)はフリーア美術館にそして「花」はワズワース・アセーニアム美術館が所蔵しています。

NHKニュースが取り上げているようです。

江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿が女性たちをえがいた3部作「雪月花」と呼ばれる肉筆画を写した写真が、栃木市の住宅から見つかり、地元の人たちは、歌麿と栃木市の関わりを示す資料になるのではと注目しています。
見つかったのは、喜多川歌麿が江戸時代中期にえがいた「雪月花」と、呼ばれる肉筆画の3部作の写真です。
栃木市の国文学者、小林祥次郎さんの自宅に保管されていました。写真は古いアルバムに貼り付けられ、写真の横には、小林さんの父親が書いたとみられる撮影のいきさつも記されています。
いきさつには、明治時代に栃木市の豪商が絵を売りに出した際、小林さんの祖父が購入しようとしたものの、親族に止められてあきらめ、それを惜しんで写真を撮ったと書かれています。
栃木市の郷土史によりますと、歌麿は栃木市に滞在して「雪月花」をかいたという言い伝えがあるということで、地元の人たちは、歌麿と栃木市の関わりを示す資料になるのではと注目しています。
「雪月花」は、明治20年代に海外に流出し、3枚の絵のうち「月」と「花」はアメリカの美術館に所蔵されていますが、「雪」は所在がわからなくなっています。
調査にあたった市民団体の川岸等さんは、「歌麿と栃木とのかかわりを広く知ってもらうきっかけになることを期待しています」と話しています。

04月28日 21時16分

喜多川 藤麿

歌麿門下、不二麻呂・紅霞斎 紫霞斎 紫園・紫峰・芳州・洒仙・蓉山と号した。
錦絵
や版本の挿絵はほとんど見られないが、寛政から文政期(1789~183)にかけて、肉筆美人画の制作で活躍。
この他「美人春夏秋冬図」(浮世絵太田記念美術館所蔵)、「見立六歌仙図」(たばこと塩の博物館所蔵)が有名。

C0034743 「遊女立姿図」
東京国立博物館所蔵

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「母子採芒図」
紙本著色・掛幅装
121.2×46.0
熊本県立美術館
落款は「藤麿筆」とし、朱文2字(紫園)と
白文2字(藤麿)の方印の2顆

                                                                     

Jkai0197b鍬を持つ美人図
絹本著色・掛幅装
91.6×25.8
熊本県立美術館

             

Photo
美人戯犬図 
絹本着色
106cm x 37cm
文政甲申初夏
紫峰老人藤麿

この足元に犬がじゃれている構図は源氏物語の若菜から採り入れられたようです。若菜に登場するのは唐猫ですが。多くの絵師に見られ師匠の歌麿にも「絵兄弟 見立女三の宮」のような作品があります。

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浮世絵の値段は6 北斎と歌麿の枕絵

クリステイーズ 2010.3.24
今回北斎と歌麿の代表的枕絵に狂斎の地獄太夫等優品が揃っています。

D5294719l 「地獄太夫」
河鍋狂斎
482500ドル

1981年11月太田記念美術館での
生誕150年展等で展示されました 

落札者はアメリカ東海岸の著名美術館との事です                           

                                                 

D5294713l_2  「浪千鳥」
北斎
122500ドル

かって高橋コレクションに有った逸品

D5294712l 「歌まくら」
歌麿
338500ドル
完本12枚揃い

老人に襲われた女性と
お茶屋の2階の恋人

もう1件別のオークションに出品されていましたがそちらは落札額未公開

この他で目だった物が明治の2点。
「京都並河」作の七宝の香炉と小箱。
それぞれ予想額の香炉は10倍以上、小箱も15倍近くでの落札。
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浮世絵の値段は?

歌麿と北斎の逸品がクリステイーズに出品予定。
共に枕絵の最高峰と言われる「歌まくら」と「浪千鳥」です。
落札予想価格はそれぞれ10万ー15万ドル(約920万-1380万円)と12万-18万ドル(約1100万ー1650万円)。
北斎の「浪千鳥」はかって高橋誠一郎コレクションにあったと思われるとかで、状態もかなりいいそうです。
「日本・韓国美術オークション」は3月24日に開催予定。

参考画像は大英博物館所蔵の「歌まくら」から2点。

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立春朝搾り

Sc154703fpxobjiip1 酒屋吉野屋の主山吉の市川門之助
勝川春英

                               

                              

                              

                              

                               

                              

                               

                              

旧暦1月10日、立春。
みなさんは、春の訪れを何で感じますか。
日の光、萌出ずる野草、海の色、梅の香。
私が選んだのは酒、私は飲めないんですがね。
日本名門酒会は全国39蔵の立春朝搾りを販売します。
願いが叶う酒だそうです。
http://www.meimonshu.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=375

江戸で喜ばれたのは上方からのくだり酒。
当初は清酒発祥の地伊丹や池田の酒の人気が高かったようです。
中でも『剣菱』は将軍の御膳酒に指定されます。
この他『男山』『松竹梅』『白雪』『老松』等の銘柄があります。
後、灘、西宮にその地位を奪われ、『男山』『松竹梅』等は北海道や灘にその名を買われます。立春朝搾りの中に『男山』の名がありますが、北海道です。
往時の面影は美術館の柿衛文庫や白雪本社で偲ばれます。

Sc155940fpxobjiip1 歌麿の「七人猩々酩酊之図 三幅之内」

狂月坊

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開館60周年 記念貴重書展

Ⅰ国立国会図書館東京本館 新館1階展示室
 平成20年10月16日(木)~29日(水)
Ⅱ国立国会図書館関西館 地下1階大会議室
 平成20年11月13日(木)~26日(水)

概要
http://www.ndl.go.jp/exhibit60/index.html
展示資料一覧
http://www.ndl.go.jp/exhibit60/list.html

この展示会は10月中旬から電子展示会としても公開する予定です

狂月坊
紀定丸撰 喜多川歌麿画 江戸 耕書堂 寛政元(1789)刊 1冊 25.7×19.1cm

狂歌絵本。書名は刷り題簽による。序題は「狂月望」。望月をテーマに描いた5枚の画を収録し、狂歌72首を掲げる。耕書堂蔦屋重三郎が贅を尽くして刊行したもので、雪景色の『銀世界』、花見を描いた『普賢像』とともに、喜多川歌麿(1753-1806)の雪月花三部作の一つ。繊細な空刷りや微妙な色合いが刷り出され、わが国多色刷り印刷の傑作である。書名の「狂月坊」は、狂歌の祖と伝えられる暁月坊(冷泉為守。1265-1328)にちなんだともいわれる。展示本は初刷本。表紙は改装されているものの、全丁揃い。完本は、国内では東洋文庫、慶応義塾大学など、所蔵機関が少ない

 寛政元年(1789)蔦屋重三郎が刊行した彩色刷狂歌絵本。「月」をモチーフとした狂歌72首に喜多川歌麿(  -1806)の画をおさめる。『銀世界』(雪)『普賢像』(花)とあわせて雪月花三部作をなすもののひとつ。画帖仕立。灰色地白色水玉模様の表紙、背は薄茶色の薄い紙で包まれる。表紙および背は後代の補装。原題簽。書名は題簽による。本書の題簽には「狂月坊」、「狂月望」の2種類があり、「狂月望」の題簽をもつものは後刷本である。本書は「狂月坊」と題簽があるもので、刷りが美しい初刷本である。同種本は国内では他に、東洋文庫、慶応義塾大学図書館が所蔵する。掲載本の彩色、空押し等の状態は東洋文庫本とよく似ている。なお、国外では大英博物館が「狂月坊」の題簽が付された初刷本と、「狂月望」と題簽の付された後刷本とを所蔵する。

V&A管美術館所蔵展でも同じ絵が開かれていました。
一番できがいいのでしょうか

そのほか
吉原傾城新美人合自筆鏡 北尾政演画

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