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「お宝、お宝」
の歌うような掛け声で宝船の絵を売り歩くのが元日の江戸の風物詩でした。
「ながきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな」
という回文が書かれており、これを枕の下に敷くと吉夢が見られると言い伝えられています。
この初夢ですが元日の朝に見るものか或いは元日の夜に見るものなのか諸説あるようです。
折口信夫によると元日の朝に見るもので、宝船も一年の汚れを流すのが本来だったそうです。
それが何時の頃からか、七福神が乗って財宝を積んでやってくる物に変わったようです。
谷文晁 (1763~1840)が、七福神の絵は「狩野松栄以前の絵を見ず」と『三養雑記』に書き残しています。
狩野松栄は文禄元年(1592)に没していますので、安土桃山時代には七福神はあったようです。
また、宝永年間(1704~1711)に大阪で出版された俳諧本の插絵に七福神が宝船に乗った物があります。
それより古いものには七福神が乗っておらず、新しいものでも将軍家、禁裏、武家の宝船には七福神は乗っていないそうです。どうやら七福神が乗った宝船はもっぱら江戸の庶民に流行した風習のようです。
画像は当時の人気絵師3人国芳、国貞、英泉の合作。
先日ニューヨークのオークションに出品された7点の英泉。
内6点が落札されたようです。
Courtesan on Parade beneath Flowering Cherry
Keisai Eisen (1790–1848)
Hanging scroll: ink, color, gold, and silver pigment on silk
90.2 x 29.8 cm; Bunsei era, 1820–25
Signature: Keisai Eisen, sealed Keisai
Hanaogi Reading a Letter by Lamplight
Keisai Eisen (1790–1848)
Hanging scroll: ink, color, and gold pigment on silk
84.8 x 35.7 cm; late Tempo era, ca 1838–42
Signature: Keisai Eisen, sealed Kei and Sai
浅間山、桜島噴火
日本の中央と南で一度に噴火、何となく不気味ですね。
北海道の雌阿寒岳も活動したり。
浅間山は有史以来何度か噴火しているようです。
江戸時代で有名なのは天明3(1731)年の大噴火。近隣の村で1500人余りの死者が出たり、埼玉、群馬にも大きな被害をもたらしたようです。
巷間云われる東北地方を中心とした天明の大飢饉は、浅間山の噴火の前でむしろアイスランドのラカギガルの噴火の影響が本当だとか。
画像は明治21年9月10日に出版された。音聞浅間幻灯画 、豊原国周の作品です。
題名に浅間の文字が入っていますが、実は明治時代最初の大災害になった21年の磐梯山の噴火が社会的に大きな関心を呼びます。そこで5代目菊五郎により「是万代話柄音聞浅間写画」(これはばんだいのはなしぐさおとにきくあさまのうつしえ)の外題で浅間山の噴火として上演された物です。
2枚目は英泉の描いた浅間山、天保6~9(1835~8)年にも噴煙を上げていたようです。
それに比して巴水の櫻島はのどかですね。
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